風邪をひいた拍子に

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本格的に風邪を引いた。

風邪に本格もアマチュアもないのだろうけど、5年ぶりくらいに39度近い熱を出し、喉が腫れ上がって食事もろくにとれずにほぼ3日間寝込み、その間にポカリスエットを5リットルくらい飲んだのだからたぶん本格的な風邪と呼んでいいのだと思う。

「熱が出る方のパターンかぁ。珍しいね。ふむふむ」他にどんなパターンがあるのか?とっさに浮かんだ疑問も38度のぼーっとした重い頭ではぶつける気力もなく、淡々と診察を始めた近所の町医者の声に耳を傾ける。

この町医者は今回がはじめて。熱が出始めた日に会社近くのクリニックで処方された薬が2日経っても一向に効果を出し始めず、藁にもすがる気持ちで自宅近くの病院を見つけてきたのだ。

2日前に処方された薬の名前を伝えると、医者は残念そうに頭を振りながら「今あなたが飲んでいるその薬ね、今はあんまり効かないんですよね」と返す。

薬の話になると饒舌になるようで、今流行りの薬の話から薬と国家権力の関係というスケールの大きい話まで披露したあと、「なんでそんな薬出しちゃったかなぁ」とこぼした。言葉と裏腹に彼の顔は少し嬉しそうでもあった。

5分程度の短い“授業”のあと「ということで、この薬出しておきますから。これでダメならまた来てくださいね」と言って僕を診察室から送り出した。

近くの薬局で薬をもらって来た道を戻る。歩きながら「面白い医者だったなぁ」と今しがたの診察を振り返る。振り返る頭は来たときよりも幾分軽くなっていた。

僕らは(少なくとも僕は)弱っている人から助けを求められるとつい、「頑張って!大丈夫!」と背中を押そうとしてしまう。それはそれで励みになることもあるけれど、いつもと変わらない淡々とした受け答えが気を楽にさせることはあるようだ。

処方された薬はしっかり効果を発揮してくれて、翌朝には熱は平熱近くまで下がっていた。

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回復の兆しが見えたため、翌日は若干の身体のダルさを感じながらも会社に行くことにした。

家を出れば梅雨のさなかの晴れ間。太陽がまぶしい。目をしばたきながらいつもの公園を横切る。

子ども向けの遊具の色、公園の隅に咲いている夏の花、梅雨の雨と太陽をいっぱいに取り入れてみずみずしさを増す木々の緑、自動販売機の中の極彩色をまとった缶。青、緑、ピンク、赤、オレンジ、町中に散らばった色彩が一斉に目に飛び込んでくる。

色彩を取り込んで身体が喜んでいるかのように、目に入る色の数の分だけ徐々に自分の歩幅が大きくなっていく。

いつものなんてことない風景の中の彩りひとつで元気になれるくらい、僕らはゆるさとしたたかさを持っている。そのことに気付き「現金なものだな」とひとり苦笑いを浮かべいつもの駅へ向かった。

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風邪が完治した頃、旧い友からメールが入る。
「自分の存在意義がわからないときがある」画面に浮かぶ相談とも弱音ともいえない零れた言葉を見て「そんなことないよ」と反射的に打ちかけて思いとどまる。

少し考えてから「想いを吐き出してくれてありがとう」と打ち返す。相談相手に対して「ありがとう」とはずいぶん間の抜けた返事だ。

続けて「存在意義ってなんだろうね。僕にもわからないや」と打った。

昔から変わらない「いい加減な僕」の声でこたえた。

それから何回かやりとりを重ね、旧い友は「気長に楽しんでみるよ」と少しだけ気が楽になったようだった。

そういえば旧い友はいつも僕を見て「なんか楽しそうだね」と言っていた。

ひょっとしたら友は、いつも通りの僕といつかの通りのやりとりをすることで自分の中にある彩りを取り戻そうとしたのかもしれない。本当のところはわからないけれど。

風邪を引いていなければ、友の背中を押してしまったかもしれない。
風邪を引いていなければ、自分の言葉を飾りひとり語りをしてしまったかもしれない。

今年の夏風邪はとてもしつこく治りが遅かったけれど、その分長い人生にじわじわと効く薬を与えてくれた。

文・写真/Takapi