正しい時間

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ここ1年、定期的にとあるベテランの料理家さんと仕事をしている。毎回お会いするたびに新しい発見があり、仕事が終わる頃にはノートはメモで真っ黒になっている。

「灰汁(あく)って、言葉の音からして悪いものだと思ってない?灰汁も出汁なの。だからやたらめったらとる必要なんてないの。あれは料亭など綺麗な色のつゆにすることが必要なときの工程なのよ」

こんな感じで、ふだん参考にしている料理本やインターネット上にある「こうすべきこと」をいかに盲目的に従ってやってきたかを知る機会でもある。そして先生はいつもなぜその工程があるのか、出来の悪い生徒にちゃんとわかるように、道理をていねいに教えてくれる。なるほど料理に「理(ことわり)」があるのはこのためか、などといつも感動している。

先生から教えてもらっていることは料理に留まらない。先生が僕に教えてくれるのは、ふだんの仕事や暮らしの中で、何も疑わずにやっていることに注意を払い、立ち止まり再考するための「心構え」のようなものなのだと思っている。

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そんな先生が先日新しい料理本を出した。その出版記念のトークイベントが開催されるということなので参加してきた。

トークイベントの内容はここでは追わないが、そのトークイベントで先生の料理家としての出自を聞いた。聞けば彼女は、これまでいわゆる師と仰ぐ人につくことがなく、独学でここまで歩んでこられたとのことだった。

「だからね。私は誰よりも『失敗』している料理家と断言してもいいと思っています」と朗らかに話す笑顔がとても素敵だった。同時に「道理で」と思った。彼女の魅力は、積み上げてきた「失敗の数」と密接につながっているんだな、と。

後日彼女と仕事でお会いした。打ち合わせをする中でふと雑談になり、来年の目標の話になった。各々がポツポツ話す中、彼女は「私さ、来年世界一周しようかと思って」と高らかに宣言して、その場にいた全員を驚かせた。

「世界の食をもっともっと知りたいの。そして日本に持ち帰りたい。たぶん今の日本にとって大切なことが詰まっている気がするから」とベテランの先生が少女のように目をキラキラさせて話す姿を見て、「感銘を受ける」を通り越して神々しくすら感じた。

どれだけ積み上げてもなお、わからないことがあること。そもそもどんなに知っても「わからない」という前提に立つということ。その前提が新しいチャレンジを生むこと。チャレンジの繰り返しがワクワクして生きるということ。

先生の話を聞いていてフツフツと湧き上がるものがあった。それは勇気にも似た感情だった。同時にあったかいものに包まれるような安心もおぼえていた。

「なんだ、僕らにもまだまだ時間はあるじゃん」と。

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「言葉はそんなに意味を持っていないんだよ」
わずかに残っていたハイボールを飲み干してから、彼は僕に向かってそう言った。

彼との付き合いはふるく、かれこれもう15年近くになる。新卒で入社した会社の同期で、同じ部署の営業としてともに切磋琢磨した仲だ。と言えば聞こえはいいが、慣れない社会人生活に息も絶え絶えになりながら、日々の愚痴を金曜日の夜にビールで流し合うような仲だった。

彼は一緒に働いていた頃から「ドライな性格」で、常にほどよい距離感があった。その距離感が不思議と心地よく、今でもこうしてたまに酒を飲み交わしている。

そんな彼と1年ぶりに酒をともにした。そのときに彼の口から出てきた言葉がそれだった。

久々に会った彼は営業部長をしていて部下を何人も抱えていた。話を聞けばそれなりに慕われているのがわかる。僕はと言えば、どうしても自身のやりたいことを優先してしまって、メンバーにそれを強いてしまう癖があることを伝えた。

言葉巧みに彼ら彼女らのやる気を引き出していることに負い目を感じながら、ひょっとしたら見当違いなことを押し付けていて、間違った方向に誘導してしまっているのではないか、そんな悩みとも愚痴ともつかない話を訥々としてしまった。

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ひととおり話を聞いた彼はめんどくさそうに鼻の横をかき(彼の癖なのだ)、わずかに残るハイボールを飲み干して「ひとつ言いたいのはさ、言葉はそんなに意味は持っていないということだよ」と言った。そして「憶えてるか?新卒当時の部長」と聞いてきた。

「もちろん憶えている」と僕は言った。常に威圧的で、部下の失敗を許さず、平気で1時間も自席の横に立たせてネチネチと説教を垂れていた部長を忘れるわけがない。かつての部長の顔を思い出し「でも、仕事はおそろしくできる人だったな」と僕は付け加えた。

僕の言葉を受けて彼は、「うん。最悪な上司だった。でもさ、最近部長から言われたことを思い出すんだよ」と言った。続けて「その時はまったく理解できなかったんだけどさ、今になって理解できることが増えてきたんだよな」と言い、また鼻の横をかいた。

一瞬彼が何を言いたいのかが分からなかった。僕がぼんやりした顔をしていると、「やれやれ」といった表情で「言葉はね、いつどのタイミングで意味をもつかなんてわからないってことだよ」と言った。

僕のリアクションを待たずに、彼は「お前さ、自分の言葉で誰かが変わると思っていない?」と聞いた。ギクッとした僕を見透かすようにふっと笑い、「決心はその人の中からしか生まれないんだよ。だからお前にできることは、そのためのサジェスト(示唆)あって、アジテート(扇動)であってはいけないんだよ」と言った。

言葉で誰かを動かそうとすること自体が既に相手に期待をしてしまっていることだとも言った。期待をすれば、間を置かずにより強い言葉で「早く応えて」と、時に態度で、時に言葉で要求してしまうのだと。

その繰り返しがどんな結末を生むか、それはこれまでの僕の失敗を振り返れば痛いほどわかる。

ドライな友人は大事なことを教えてくれた。そのことを伝えると彼はまた鼻をかき「いや、だからそんなに深刻に考えるなって。さっきの部長の話みたいに時間がいずれ解決することもあるんだから」と笑った。

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今日もSNS上には一見正しそうな言葉たちが並ぶ。脊髄反射のような「そうだ!」の合意の言葉や、空に拳を振り上げるような嫌悪の言葉をセットにして。

それは遠く離れた僕にも同じ熱量で声をかけてくる。「お前もそうだろう?」と。そして立ち止まり吟味する時間を許さずに、また新しい「正しさ」が流れ込んでくる。その繰り返しだ。

でもね。

正しさはずっと後になってわかることもある。
もしかしたらずっとわからないことだってある。
わからないことの方がワクワクすることだってある。

そんな「曖昧な正しさ」を自分の足元に置けたなら、僕はもう少し、積み上がっていく時間を信じてあげられるような気がする。

時間はまだまだあるのだから。

文・写真/Takapi

通じない

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遅めの夏休みをもらい、9月終わりから1週間ほどクロアチアのザグレブとドイツのミュンヘン、フランクフルトを旅行してきた。

「滝を見たい」のパートナーの一言で、クロアチアの自然公園ツアーに申し込んだのは旅立つ2日前。既に日本語ガイドのツアーはなく、英語のツアーを申し込むことになった。

僕の英語力は中学校1年生で止まっている。そのためツアー中ガイドの話すことの8割は理解ができなかった(いや、正直に言えば9割くらいわからなかった)。

参加者は7名で、当たり前だけど皆英語を「普通に」に話す。僕らは借りてきた猫のように大人しくツアーの最後尾について参加することになった。

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自然公園をしばしトレッキングし雄大な滝にたどり着くと、皆が一様にスマホを取り出し撮影タイムを始めた。僕もならってカメラを構えていたら、オーストラリアから来たという若い女性に「写真、撮るわよ」と笑顔で声をかけられた。

「ありがとう」とスマホを彼女に渡し、僕ら夫婦は並んで滝を背景にして写真を撮ってもらった。撮影したスマホを返してもらうときに「ありがとう」と声をかければ「なんでもないことよ」というニュアンスの笑顔を見せてくれた(欧米の方はそうゆう表情が特に上手な気がする)。

ほんの数秒のやりとりだ。彼女は少しの親切心から、言葉の「通じない」僕らに声をかけてくれたに過ぎない。とは言え、言葉の通じない相手に向かって「なんでもないこと」と手を差し伸べてくれたささやかな思いやりに僕はしばらくほくほくとした気分になれた。

その後も、イギリスから来たというキヤノンの一眼を掲げたお兄ちゃんが、僕のミラーレスカメラを指差して「良いね」(その後なにかカメラについて話してくれたがほとんど分からずニコニコして返すことしかできなかったけど)と話しかけてくれた。

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いつもそうなのだけど、海外の旅を振り返るときにまず頭に浮かぶものは、美味しいご飯でも綺麗な景色でもなく、言葉の通じない人とのささやかなやりとりだったりする。

そんな風景を思い返す度に、今自分がどれだけ「狭くて広い」世界に生きているかを教えてもらったような気分になる。

狭くて広い。

日本語として破綻していることを言っているのは自分でもわかっている。でもそう感じるのだ。「あぁ、世界は狭くて広いな」と。

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今回の旅行でドイツを選んだ一番の理由は本場の「オクトーバーフェスト」に参加することだった。約2週間の開催期間中に700万人が訪れるという世界的なビッグイベントがどんな空間なのかをこの目で確かめたかったのだ。

イベントそのものの感想はここでは文字数を使うため書かないけれど、簡単に説明すると、そこは想像を遥かに超える巨大な「エンターテインメントパーク」であり、そして大学の新歓コンパのようにそこかしこで割れんばかりの嬌声が響き、したたか酔った男女の恋が始まるという、まぁ、とんでもなく平和で賑やかな祭典である。

言葉の代わりに写真を並べるので、なんとなく感じ取って欲しい。

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会場内のほとんどの人たちが陽気に酔っ払ってゲラゲラと笑っている。そんな夢のような場所にちょっとだけ参加させてもらって、控えめに言ってもものすごく楽しかった。どのくらい楽しかったかと言うと、普段なら絶対に乗らない空中ブランコにも乗るくらいには楽しかった。

さて、会場に戻る。僕らはビールが飲めそうな場所を探すために広い会場をひた歩いていた。10分位歩いていると、長テーブルのひとつが空いているのを見つけることができた。隣のテーブルで盛り上がっている酔ったお兄さんに「空いてる?」と僕は聞いた。

その兄さんは振り返り、僕らを認めると「おお!中国人?」と聞いた。「いや、日本人だよ」と答えると「 OhNAGATOMO!」(サッカーは世界共通語)と肩を叩かれた。それからしばらく彼は「ドラゴンボールが好き」「大阪が好き」と一方的に日本を褒めちぎっては、周りに座る彼の友人たちに「おい!彼ら日本人だぞ!」と興奮した様子で声をかけた(仲間は「へぇ」みたいなリアクションだった)。

一通り話し終えると、僕がぶら下げていたカメラを指差し「俺たちを撮ってくれよ!」と言った。

ここで写真を撮ったところで君にこの写真はあげられないんだけどなぁ、と思ったけれど、とりあえず「オッケー!」と言って僕は写真を撮った。撮った写真をモニターに映し彼に見せると「good,good!」と満足気だった。

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ここにも「通じない」関係のあたたかいやりとりがあった。僕らはそこで一杯飲み(ここでの一杯は1リットルだ)席を離れることにした。それからまた広い会場内を歩いていると、今度は泥酔間近のカップルに声をかけられた。

すれ違いざまに「ねぇ。俺ら今日カップルになったんだよ!写真撮ってくれよ!」と男性からせがまれる。だんだん僕自身も楽しくなってきてしまって「おめでとう!」と言いながら何枚もシャッターを切った。

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今言葉にしながらこれらのシーンを振り返ってみると少し鼻の奥がツンとしてくる。

彼らにとってすればなんてことのない一時の「ノリ」なのだろう。仮に日本の花見会場に外国人が隣に来たら同じようなことをしている僕自分が容易に想像できる。

ひとつたしかなのは、「通じない」間柄のやりとりは、「通じている」間柄の1/100くらいのやりとりでも、100倍くらいの喜びになることがあるということだ。

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旅行の後半、ドイツの名観光地ノイシュバンシュタイン城に行った時のこと。ひとりの日本人のおじさんに声をかけられた。

聞けば彼は65歳で、大企業(誰もが聞いたことなある企業だ)を定年退職し、奥さんとお子さんを日本に置いてひとりで世界一周の旅に出ていると言う。

朗らかで開放感に満ちた表情をしたその方の雰囲気が心地よくて、しばらく歩きながら話すことになった。

世界一周旅行をすることになった経緯を「社会から遠ざかるとさ、ストレスはなくなるんだけどなんかボーッとしちゃうんだよね」と話し、「だからさ、こうして言葉が『通じない』環境に飛び込むことでワクワクを取り戻しているんだよ」と笑った。

また、この年齢になると怖いものも恥もなくなり「知らない土地でわからないことがあればすぐに近くにいる人に聞けるようになる」とのことで、「実際に声をかけまくってわかったのは、9割の人は優しいということだね。ほんとにみんな親切に教えてくれる」と言いながらその9割のやりとりを思い出していたのか、彼はふっと目を細めた。

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旅を通して教訓めいたことを言うつもりは毛頭ない。行きたい場所があり、見てみたいものがあればいつでもどこにでも行けばいいし、それがないなら別に旅なんてしなくていい。

ただ、ふだんの暮らしでは出不精の僕が、時折こうして「通じない」場所に身を置きたくなるのはどこかでバランスを取ろうとしているということはたしかだ。

そのバランスのひとつが、今回の旅の中に出てきた「通じない」相手とのやりとりにあるのだと思う。

さて、明日からふだんの暮らしに戻る(このコラムは旅の帰途、トランジットで8時間足止めされているドバイ空港で書いている)。

「通じている」相手との再会を喜びつつ、彼らとのこれからのやりとりの中で、少しでも旅先で得たものが顔を出してくれたら嬉しい。

そんなことを繰り返したくて、僕はまた旅に出るのだと思う。

文・写真:Takapi

 

言葉ひとつ

 

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仕事柄取材と称して人の話を聞くことが多い。
ひとつのことに人生を賭けている人、とある分野の専門家…そんないわゆる「プロ」の話を聞いていると「この人は言葉を持っているなぁ」と感嘆することがよくある。

言葉を持っている。

こうして字面にするとなんだかしっくりこない。声に出した「言葉を持っている」と比べるとどこか頼りない。もっと言えば間が抜けて軽い。

時として言葉は、声にして初めて質量を伴うようなことがあるらしい。

それはそれとして、僕にとって「言葉を持っている」人は必ずしも理路整然と語ることに長けた人のことを指すわけではない。現にスラスラと美辞麗句を並べる営業マンの話は眠くなるだけだし、勢いに任せた強い言葉に耳を塞ぎたくなるようなこともある。

僕が「言葉を持っている」人だと感じるのは、話を聞いていてゾワゾワと腕毛が逆立つような、身体の中で言葉がこだまするような、そういう声を持っている人のこと。

どんな相手でもそうなるわけではいし、一度そう思った人でも次に話を聞いたらまったく何も感じないこともある。それは多分に聞き手である僕自身の「その時」の心持ちに左右されてしまう。

どうやら言葉は受け取る相手がいて初めて「持つ」ことができるようだ(あくまで僕にとってのことだけど)。
そんな言葉に出会うときは決まって、相手の言葉が僕自身の身体の中を駆け巡り、身体の内側から新しい言葉を作り出させようとしてくる。言葉が外に出たがっていることがわかる。

たまにしか起きない。けれどそういう幸運に立ち会える喜びのことを、言葉が「響く」というのだと思う。

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先日職場で新しいプロジェクトが立ち上がった。それは僕がこれまでずっとやりたかったことで、意気揚々としてはじめての打ち合わせに向かった。

プロジェクトリーダーの話が一通り終わったあと、「君はどうしたらいいと思う?」と話を振られた。僕は積年の想いを晴らすように、ほとんど息継ぎもせずに10分ほど話し続けた。話し終えたとき、思わず「疲れました」とこぼしてしまうくらいには一生懸命想いを伝えた。

話を横で聞いていたプロジェクトリーダーは「うんうん。そうだよね」と喜んでくれた。打ち合わせが終わって1時間ほど経った頃、リーダーからメンバー宛にメールが届いた。

長いメールだった。それは勢いに任せて書かれたと言うよりも、もはや殴り書きに近いような文章だった。文体は途中で崩れていたし、誤字もあった。

それでも画面に映された電子の字面が熱を帯びているのがわかった。その熱を受けて、気付けば僕は自席で泣きそうにすらなっていた。

そのメールの最後には「先ほどの○○さん(僕の名前だ)の言葉で背中を押されました。これは成功できると思う」と締めくくられていた。

言葉が「響いた」瞬間だった。

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仕事で岩手県に行った。当日の移動は車。当日集まったメンバー5人のうち運転ができるのが僕だけということで2日間ドライバーを任されることになった。

この5人は所属もチームもバラバラで、まだ数回一緒に仕事をした程度の関係だ。5人乗りのレンタカーで少し窮屈さを感じながらのドライブとなった。

2日目の仕事が終わり、レンタカーを返すときになって5人の距離が近づいたような感覚があった。おそらく5人全員が同じような感情でいたと思う。レンタカーを返し終わった後の、まるで文化祭が終わった後のような表情を5人揃ってしていたことでそれはわかった。

ドライブ中は大した話はしていない。懐かしのポップソングをBGMにして、学生の頃の恥ずかしい話や、ただただ下らない話を繰り広げていた。それでもそこにはなんともいえない親密さが伴い、閉ざされた小さな空間の中で反響する声は、ふだんよりも寛いだ声に聞こえた。

大仰な言葉でなくても、強い想いでなくても、言葉は「通じる」ことがある。
通じた言葉はそのまま、気持ちまで通じさせるようなことだってある。

そして、それは面と向かって発せられる言葉だけとは限らないようだ。

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夏の終わり特有の、夕暮れ時に降る雨。

早めに仕事を切り上げた日、オフィスを出て駅に向かう道すがら、交差点で待つ人たちの多くが空を見上げていた。中にはスマホを取り出して空に向けている人もいた。つられて見上げればそこには虹がかかっていた。

思わず僕もスマホを取り出し空に向けた。
たったそれだけのことだ。それだけのことなのに、その瞬間僕は胸が高鳴るを感じていた。

それは運よく虹を拝められたからではなくて、その時、その場所で、いや、遠く離れた場所でも、同じように虹を見上げては、写真を撮っている人がいるということが嬉しくなったのだ。名前も知らない、年齢も違う、働いている環境だって、育った環境だって違う人が、同じ空に同じ想いを重ねているという事実に、ただただ感動したのだ。

想いは言葉だ。
その人たちと僕は、その瞬間たしかに同じ言葉で「通じて」いたのだ。

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僕らは言葉ひとつで通じ合うことができる。
言葉ひとつで人を勇気づけることもあれば、言葉ひとつで人を殺すことだってある。
そして、言葉がなんの役にも立たない時だってあることも知っている。

言葉ひとつ。
その重さと軽さを忘れないで暮らしていきたい。

文・写真:Takapi

3mmくらいの、いいこと

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今年の梅雨は長かった。晴れ間が顔を出さない日々は体調にも陰を落とすのか、あちこちから不調の声が上がっていたように思う。僕も僕でなんとなくフワフワしていた。

7月末にようやく梅雨が明けたと思ったら、連日35度を超える猛暑が続いている。朝から30度を超える気温の中最寄り駅まで歩き、そこから満員電車で小一時間圧迫されるのは、思っている以上にこたえる。ここ数日は会社に着く頃には疲れきっている。

あれだけ晴れを待ち望んでいたのに、晴れを喜んだのは2日くらいで、その後はもうそろそろ雨降ってくれないかなと願っていたりする。薄情なものだ。

でも気持ちなんて案外そんなものなのかもしれない。あちらを立てればこちらが立たず、僕らはいつも「ないものねだりのシーソーゲーム」をして暮らしていて、そんな危ういバランスの上で時に昇ったり時に落っこちたりしてどうにか帳尻を合わせているのかもしれない。

だから気の塞ぐことがあれば、台風が通り過ぎるのを待つようにじっとしていればいいし、浸るほどの喜びに出会えたなら、一時の晴れ間と思ってありがたいと感じ入ればいい。

ひとつ言えることは、良いことも悪いこともそんなに「長続きはしない」ということだ。

なんてことはない、ただの一般論だ。

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僕はといえば、6月7月は忙しさも相まって、感情の起伏に翻弄された日々を過ごしていた。気分だけは季節を先取りして「夏バテ気味」の状態だった。

その反動なのか延長線上なのかはわからないが、ここ数週間を振り返ると微笑ましい出来事が手元に残っている。

並べてみると些細なことに見える。でもそれらはどれも3㎜くらい気持ちが上向くような出来事だった。

「3㎜くらい上向く気持ち」とは、たとえるなら木陰に入った瞬間にスーッと涼しい風が吹き抜けたときの、ホッと胸をなでおろすような、目尻が下がるような、忙しければ素通りしてしまうくらいの気持ちの変化だ。

木陰をたとえに持ち出したのは、今僕が空調の効き過ぎたカフェで氷の溶け始めた薄いアイスティーを飲みながら原稿に向き合っているからだ。要は単純に木陰が恋しいのだ(冷房がキツすぎてクシャミが止まらない)。

そして僕の後ろの席からは、夏バテのせいか新聞を膝の上に拡げたままうたた寝を始めたおじさんのいびきが聞こえてくる。

蛇足だ。本題に戻る。

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夏も本番を迎えると、胃腸が求めるご飯はふたつに分かれる。麻婆豆腐のような力強い味か、慈愛に満ちたやさしい味だ。少なくともそれ以外の選択肢を僕は知らない。

その日の昼時はたまたま後者を選んだ。職場から徒歩5分程度にある、和食がメインの定食屋さんだった。

15種類くらい定食の中から今の僕が一番求めたのは「ナスの煮びたし」だった。

10分ほど待っていると、1/3ほどつゆで埋まった丸いおおぶりのボウルの真ん中にテカテカとしたナスがどんと置かれた、それは見事な「ナスの煮びたし」が運ばれてきた。

「うまそうだなぁ…」思わずそうこぼした僕の声を受けて、料理を運んできた店主は「ふふ。これは今出してるメニューの中でも特にオススメだから。ま。食べてみて」とプリプリの満面の笑みで言い放ってさっと厨房に帰っていった。

その言葉通り本当に美味しかった。そして、ちゃんと時間をかけて作っていることがわかる料理だった。そうゆうのは不思議とわかるのだ。夏バテ気味で猫背になっていた背中がスッと伸びるような味だった。

「いやぁ、ほんとに美味しかったです」会計時にそう伝えると、「でしょう?もーーう、手間がかかってますから」と育て上げた弟子を世に送り出す師匠のような面持ちで料理のコツを丁寧に教えてくれた。

店を出てからオフィスに戻る足取りは軽く、視界が3㎜くらい上がったような気分だった。

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いつも仲良くしてもらっている友人に仕事で用があり、金曜の夕方に彼のオフィスにお邪魔することになった。

話は30分程度で終わり、時間も半端だから一杯だけ飲もうかという話になり、日が暮れる間際に近くのバルに入った。

ハッピーアワーということもありガヤガヤとした店内だった。カウンターに男がふたり腰かけ、ビールとハイボールを1杯ずつ頼んだ。

飲み会のような間延びした時間を過ごすわけではないから、少しだけ早口で互いの仕事の状況を伝え合う。そこから矢継ぎ早に賛同と意見を繰り返した。軽いトレーニングのような応酬になった。

アーモンドをつまみながらお互いに2杯ずつ飲んだ。2杯目が空にになり、会話がひと段落ついたタイミングで「そろそろ行きましょうか」と切り上げることになった。時計を見れば30分程度しか経っていなかった。

店を出ると「頑張っていきましょう。では!」とアッサリと手を振って別れた。

駅に向かい歩きだして50Mくらい経った頃、早歩きになっていることに気付いた。「これから」に立ち向かうべく3㎜くらい前のめりで歩いているような感覚だった。我に返り周りを見渡せば、とっぷりと日は落ち、街は夜の喧騒に包まれていた。

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朝オフィスに行くと、机の上に5cm四方の紙とクッキーが置いてあった。紙を見れば隣で働く後輩の置き手紙があった。

そこには、とあるミーティングでもらったお土産のクッキーをおすそ分けします、と癖のある丸文字で書かれていた。

紙の半分を使って絵も描かれていた。犬なのか熊なのか見分けがつかず3秒ほど逡巡したが、それを眺めていたらふっと頬が緩み、呼応するように身体全体の力が緩んだ。肩が3㎜くらい落ちるような感覚だった。

思えば手書きの文も手描きの絵もしばらくもらっていなかった。これだけメールやSNSでその人が「発した」言葉を受け取っていても、実感として人柄を感じるのはこんなちょっとした手書きだということに少しおかしみを感じた。

その紙をひとしきり眺めた後、打ち合わせで使うプリントが入ったファイルにそっとしまった。ゲン担ぎのような気持ちだったのかもしれない。でもなんとなく、その日は気持ちよく仕事ができたような気がした。

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今年の長梅雨とその後の酷暑。人は「大きな変動」に弱い。少なくとも僕は、弱い。

それでも日常の中にはいつでも3㎜くらい心が動くような出来事が溢れている。そしてそれはちょっした心持ち次第で、良い方に傾けてくれることもあるらしい。

3㎜くらいの、いいこと。
少しずつ積み上げていきたい。そんな小さな出来事に気付ける人でいたい。

文・写真:Takapi

嬉しい寂しい

OLYMPUS DIGITAL CAMERA          Processed with VSCO with u3 preset子どもの頃から集団行動に馴染めなかった。はっきり言って苦手だった。

少年野球を小学1年生から6年間続けていたのだけど、大会でチームが敗戦したときに、メンバーが悔し泣きをしているそばで、猛打賞だった僕はどうしても「泣きの輪」に入れず(一応悔しそうな顔はしていたはずだ)内心ほくそ笑んでいたくらいには苦手だった。

だから、中学校以降は個人競技の陸上部に入部した。それはそれで楽しかったしやりがいがあった。

社会人になり、「社会性」というお行儀を叩き込まれるわけだが、そのひとつが「輪の中に入り、その中の人と同じ想いでいる」という所作だった。

持ち前の演技力で、なんとかその場しのぎでやり過ごせているつもりでいた。

しかしながら、1社目を退職するその日、恒例のお別れ会の「最後のあいさつ」という演説中もまったく感動的な空気を作れずに、場をしらけさせたばかりでなく、同僚にマイクを渡して僕との思い出を語ってもらい、ようやく場がまとまり、その同僚に盛大な拍手が向けられたこともあった。

先日、会社の研修があった。アセッサーと呼ばれる「人間観察」のプロに、丸3日間ひたすら監視され、最後の面談で「君さ、人当たりは良いけど、人に興味ないよね」と言われ、思わず「ご名答!」と拍手を贈りそうになった。

さすがに大人の所作としてその場を取り繕うことはできる。それでも相変わらず集団の輪の中で「同じ想い」でいることができないのだ。もっと言えばそこに漂う空気感に薄ら寒さすら感じてしまうのだ。

そういう態度は、しばらく経つとアセッサーよろしく大抵バレてしまう。小学生の頃から今でも続く僕の小さなコンプレックスである。

僕は、集団行動が苦手だ。

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先月、足掛け半年にわたるプロジェクトが終わりを迎えた。最終的には30名程度が関わる大きなプロジェクトだった。

プロジェクトが走りはじめの頃は難航していた。僕の持論やこだわりを周りにぶつけては、自身の説明力の欠落を棚上げして「違う」とダダをこねていた。それでも辛抱強く僕の隣で「この人が言っているのはこういうことでして…」と僕を擁護しながらわかりやすく周りに説明してくれる同僚がいた。

要はとんでもなく優秀な人で、その人がいたおかげで話はどんどんまとまり始め、チームにリズムが生まれ、僕からは出てこないアイデアがいくつも生まれた。彼がいたから、チームは最後まで心地よい雰囲気のままプロジェクトを進めることができ、最高の形で終わることができた。

プロジェクトが終わったとき、僕は気付いたらチームメンバーに「集合写真を撮りましょう」と口にしていた。あれだけ集団行動が苦手だった僕が「同じ想い」を形に残したいと思ったのだ。

帰り道、ずっと隣で支えてくれた彼からメールが入った。

「おかげさまで“思い出”となる案件になりました。ありがとうございました!」

「思い出」なんて言葉、久しく使ってなかったなぁ、と思わず頬が緩んだ。一旦メールを閉じ、さっき撮った写真を見返してから、彼に一言だけ返信をした。

「また、同じような思い出作っていこう」

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先月末で、半年間一緒に仕事をしていた後輩が職場を離れることになった。

とにかくよく笑う子だった。そして最後まで誰かを非難する言葉を聞くことはなかった(僕は散々口にしていたように思う)。いるだけで場が明るく前向きになるような、素直でていねいな人だった(本当にそんな人はいるんです)。

その人柄のまま、仕事ぶりもとてもていねいで、抜けがちな僕の仕事をいつもさり気なくフォローしてくれていた。周りからの信頼も篤く、いつも彼女には相談ごとが舞い込むような空気があった。

僕とは対極にいる人だ。そう思っていた。僕はいつもブルドーザーのように自分の意思のまま「進める」ことが最優先で、チームメンバーの考えていることは二の次だった。いや、正直に言えば、今まで人が考えていることを気にすらしていなかったように思う。

だから彼女にしてあげたことはほとんどなかった。ただ毎日のように僕が理想を語り、彼女自身のやりたいことを聞いた。そしてなるべく彼女が具体的に動けるように「足場」を用意した。そのくらいしかできなかった。

結果的には、彼女の求心力もあって、半年の間とはいえ今までやれなかった取り組みをいくつか打ち出すことができた。そのうちのいくつかは成功と言っていいものもあった。

最終出勤日。終業時間まであと1時間程度ということろで彼女は突然隣で泣き出した。あまりのことで戸惑った僕は(そもそもそういうのに慣れていない)バカみたいに「おつかれさま」と繰り返し口にすることしかできなかった。

帰り道の電車の中「感謝しかないんです」とメールが送られてきた。おそらく僕以外の関わった人全員に同じような言葉を送っているんだろうなと、僕は少し笑った。律儀な人だ。そう思った。

そして「あぁ。寂しいな」と呟いていた。

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先日、仕事で小さなトラブルが起きた。なんとか収束させようと、パートナー会社の若いスタッフ(まだ新卒2年目くらいか)が一生懸命に関係各所に駆け回り、調整をはかってくれた。

「ご迷惑をかけて申し訳ないです。なんとかします」と週末の深夜、電話口で話すそのスタッフの切迫した真剣な声に(とても早口な人なのだ)、僕は自然と「なんとか無事に終わったら飲みにでも行きましょうか」と口にしていた。

一瞬の間のあと、「ぜひ!まだ行けてないですし!」とこれまた早口で高揚した声で返してくれた。社交辞令かもしれないし、ただの飲みの口約束だ。でも僕はその彼の言葉がとても嬉しかった。電話を切った後、鼻にツンとくるものがあった。

オフィスを出たとき、昼間のジメッとした空気が嘘のように澄んだ空が待っていた。

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僕は、集団行動が苦手だ。

理由は先に述べた通りだ。「同じ想いでいよう」という同調圧力がどうしても苦手なのだ。その言葉に内包されている「足並みを揃えつつ、誰かのために頑張りなさい」という押しつけがましさがどうも馴染まないのだ。そんな綺麗事だけでうまくいくはずがないと、心のどこかで思っているのだ。

でも僕は気付き始めている。

誰かのために頑張るのではなくて、誰かがいるから頑張れるということ。その先に「同じ想い」が待っているということ。さらにその先には、嬉しさと寂しさが待っているということ。その寂しさは、また誰かと喜びを交換したいと思わせてくれるということ。

たぶん、人はそんな簡単に変われない。僕は僕で、これからも集団行動は苦手なままなんだろう。それでも、今年の梅雨時に関わってくれた人からもらった嬉しさと寂しさは、また味わってみたいとも思っている。

僕は今、ほんの少しだけ、集団行動をしたくなってきている。

文・写真:Takapi