おまけ

近所にある鮮魚店に週に1度くらいの頻度で通っている。魚がただただ美味しいというのもあるけれど(切り身はスーパーの2倍くらいの厚みがあってジューシーだし、自家製の塩辛はちょうどいい塩梅で絶品)、それ以上にご機嫌な店主のおじいさんとの数分の会話が楽しいというのが通う理由でもある。

「今日はイサキのバター焼きなんてどう?」
「スーパーの魚がなんであんなに安いか知ってる?」

などと時に料理の先生に、時に経済評論家になって話しかけてくれる。たまに同じ話になることを差し置いても面白い。なにより話の間ずっとニコニコとしているおじいさんを見ているだけでなんだか元気をもらってしまうのだ。

振り返ればもう半年近く通っていることになる鮮魚店だけど、ここ2ヶ月くらいは行けば2回に1回はおまけをくれるようになった。

ふだんは手が伸びないような小さな蒲鉾をニコニコしたままサッと袋に入れてくれたり、「いっぱい食べなさいよ」とブリの切り身をひとつおまけしてくれたりする(ひょっとしたら僕のことを大学生くらいに思っているのかもしれない)。

そんなことがあったからか、スーパーで魚をとんと買わなくなった。時折夜が遅くなってスーパーで魚を買ってしまうと、なんだか悪いような気持ちにすらなってくるから不思議だ。小商の真髄を見ているような気分でもある(大袈裟だけど)。

もうひとつ贔屓にしているお店が近所のコーヒースタンド。かれこれ1年近く我が家のコーヒーはここのコーヒー豆だ。

おそらく僕と年齢が近いであろうカップルが切り盛りしているこのお店は、常に常連さんが顔を出しているような、朗らかな会話が行き来している心地いい空間でもある。当然ながらコーヒーは美味いし、自家製のお菓子も美味しい。

行けば少し会話をする程度だが、そのちょっとした世間話(今日は雨ですねー、先日の『アド街』見ました?)が、在宅勤務続きで結論ありきの会話に浸り切ってしまった身を、束の間現実に引き戻してくれる。

先日行った時は「ちょうど焼き上がったんで」とクッキーをひとつサービスしてくれた。そのさりげない「おまけ」の仕方がくすぐったくて、帰ってからすぐにコーヒーを淹れてクッキーを食べた。

鮮魚屋さんもコーヒー屋さんも徒歩圏内にある。この街に引っ越してきてよかったと最近しみじみ感じる。

なんにしても「おまけ」をされるのは気持ちがいい。なんとなく「お世話になっています。これからもよろしくね」と言われている気がする。そう考えると、もちつもたれつの間に「おまけ」があるとも言える。

人によっては恩着せがましくて嫌、という考えもあると思う。僕も昔はそんなことを思っていたような気がする。「タダより高いものはない」と幼少期の教えはなかなか抜けないもの。少しでも「おまけ」されると腰が引ける、というかむしろ疑っていたような節もあった。

でも最近は、「おまけ」を受けることで僕の中で芽生える強制力のない小さな責任感みたいなものが気持ちがいい。それが住んでいる街に点々とある、というのもまた。

「おまけ」されたことがたて続いたものだから、ふと自身はこれまで「おまけ」をしたことがあっただろうか?と振り返ってみた。

サラリーマンとして生きてきたので鮮魚店やコーヒースタンドのようにモノで「おまけ」をすることは実質的にはできてきていない。では何をもって「おまけ」なのだろう?とちょっと考えてみる。

近いかもしれないと思ったのが「奢る」という行為だ。お世話になった人に「これからもよろしくね」と奢る行為は「おまけ」に近いのではないのだろうか。現に奢ってもらった記憶をいくつか紐解くと(大抵酔っ払っているので薄い膜のかかった記憶だけど)、奢ってくれた方々は皆口を揃えて「これからも頼むよ」「頑張れよ」といった声をかけてくれていた。

そんなゆるい期待を込めた「おまけ」を、これまでたくさん受けてきたことに改めて気付かされた。

そしてそこまで振り返って愕然とした。奢ってもらった記憶はたくさん引っ張り出せるのだけど、奢った記憶となるとほとんど思い出せないのだ。この年齢になってさえ、僕は圧倒的に奢ってもらってばかりなのだ。自身の薄情さに辟易とする。

感染症のせいで実質的に奢ることができない今のうちに、奢りたい人リストを作り上げておきたい。

先日久しぶりに出社して後輩と顔を合わせた。ふだんオンラインでテキストのやりとりはしていたものの、やはり面と向かうと嬉しいもので、しばらくはとりとめのない雑談に花を咲かせた。

リモートワークが浸透してきて効率よく仕事が捗るようになった反面、これまで当たり前にできていた雑談が気軽にできなくなった。そんなことだからか、世の中的にも雑談の必要性が説かれる機会が増えたように見える。ただ時にその「必要性」は、肩に力の入った言葉に映ることがあって、余計に雑談ならではの気軽さを遠ざけてしまう。

「雑談をしましょう」と言葉だけ眺めれば爽やかに映るけれど、僕なんかは雑談って意図して自ら「する」ようなものではなく、勝手に「なる」ものなのでしょう?と、「雑談しよう」の標語が出てくる度にいつも首を傾げていた。

それでも、雑談でもおしゃべりでもいいけれど、会えば気軽にとりとめのない話をしたい人というのはたしかにいる。話すことはなんでもいい。昨日食べたものでも、最近感動した本でも、気になり出したお腹まわりのことでもいい。そんな人たちを思い浮かべてみると、共通するのは「これからもよろしく」と思う顔ばかりだ。

雑談やおしゃべりというのはもしかしたら、もっとも小さくてもっともお金のかからない「おまけ」なのかもしれない。そうであれば、僕が今できるのは積極果敢に雑談を「する」ことである。天邪鬼を気取って首を傾げている場合ではない。潔く前言撤回させてもらいたい。

心地よく暮らすために、街にも人間関係にも「おまけ」が溢れている方がいい。
「引き続きお世話になります」とゆるい責任を抱えていきたい。

文/写真:Takapi

距離感

本来であれば、大学時代のサークルの友人の結婚式に参加するため、北海道に行っているはずだった。

式の日取りが決まった半年前から、結婚式に招待されたサークルの仲間同士でLINEグループを作っては、前日入りするかどうか、何をして遊ぶか、など賑やかな会話が行き交っていた。僕も久々の再会を楽しみにしていた。

それがGW前後で東京・北海道で緊急事態宣言が発出されてから雲行きが一気に怪しくなった。

それからというもの「1日くらいなら大丈夫だろう」「それでも、もし感染してしまったら」と頭の中の楽観と悲観がしのぎを削って戦う日々が続いた。悩みに悩んだ挙句、式の2週間前に欠席する旨を伝えた。聞けば周りの友人のほとんどは現地で参加することにしたようだった。

式の前日、新郎になる友人からzoomのURLが送られてきた。ニュースなどでは見て知っていた「zoom結婚式」だ。
まさか僕が体験することになるとは。果たして画面越しにみる結婚式を楽しむことができるのか、まったく自信がなかったから(というか無謀な挑戦に見えた)、近くのクラフトビール屋さんでしこたまビールを買って当日を迎えることにした。

当日、定刻にzoomに入れば、無人のチャペルが目に入る。神父が立つ場所の近くから会場全体をぼんやり映していた。少しして参列者が入ってくる。現地のネット環境が悪いのか画像が粗い上にBGMも途切れ途切れだ。

予想通り式は淡々と進行した。何度も見てきた光景だ。進行は見なくてもわかる。時折画面に目を向けて式の進行具合を確かめつつ、ビールを飲んだりスマホを覗いては時間を持て余していた。

それでもふたりが宣誓をするシーンでは、彼らの言葉を拾わんとパソコンの画面にスマホを向けて動画を撮った。そして小さく「おめでとう」と呟いていた。

滞りなく式は終了し、画面は披露宴会場に切り替わった。
無人の披露宴会場に式場のスタッフの方々が忙しく目の前を行ったりきたりしている。

やれやれ、この画面をあと2時間以上も見続けるのか。こんなことなら無理してでも行くべきだったな、と少しげんなりして2本目のビールを開ける。

ほどなくして披露宴会場にゲストが続々と入ってくる。画像は粗く音声は途切れ途切れのまま。友人たちを見つけることもできない。

事前情報として、このご時世だから全員マスクは必須、お酒も提供されずに会話も最小限に、という「お触れ」が出ていることは知っていた。そんなことだから画面越しに始まった披露宴は、僕が知っているそれとはほど遠く、どちらかというと豪華なビジネスカンファレンスを覗いているような感覚になった。

要はとても静かなのだ。かすかに聴こえるBGMと司会者の抑制のきいた声が響くだけ。そこに重ねるように単調な「ご挨拶」が続く。だんだんと眠くなってくる。たまらずスマホを取り出し、現地参加している友人たちのLINEグループを開く。

「スピーチ間延びしてない?」
とメッセージを送ってみる。

ほどなくして数人からメッセージが返ってくる。
「新郎の目が死んでる笑」
「司会者が○○(芸人)に似てる」
送られてきたメッセージにはご丁寧に死んだ目をした新郎の写真と、司会者の写真が添えられている。

そこから何かのスイッチが入ったのか、ほぼ2時間ずっと友人たちと「おしゃべり」をすることになった。
不思議な感覚だった。画面越しにいるはずの遠く離れた友人たちとスマホ上で会話をしている。でもそれがなんとも楽しい。

披露宴が終わる頃、1分程度の動画が送られてきた。
気を利かせた友人が、新郎と友人達の席を回っては僕宛のメッセージを集めてくれた。

お酒が入ってないからか、一様に面白味のないコメントだったけれど、ふいにこみ上げてくるものがあった。わざわざ動画を撮ってくれたことが嬉しかったのもある。ただそれ以上に感じたのは「あぁ、みんな生きてたんだな」という当たり前のことだった。

そしてその時になってようやく、今僕らは距離を隔てているのだということを実感した。実感したら余計に友人たちに会いたくなった。新郎に「おめでとう」と直接声をかけたくなった。

気持ちを鎮めるように一度スマホを脇に置き、ビールを一口飲んでから「ありがとう。飲みたいね」とだけ返信をした。

リモートで仕事をすることが当たり前になり、オンラインのやりとりにも不足を感じないようになった。わざわざ会いに行って互いの意志を確認をせずとも仕事ができてしまうことに、そして一度も会わずに仕事が終わることにすら不安も不満も感じなくなってきた。

今進行しているプロジェクトも新しいパートナーさんと進行している。しかしながらいまだ一度も会えていない。週に1度程度のオンラインの打ち合わせを繰り返し丁寧に意思疎通をしてきたつもりだったし、うまくいっているようにも思えていた。しかしながらここにきて、それは思い込みだったことに気づかされることになった。

出てきたアウトプットがどうしてもこちら側の意図を反映しているものに思えないのだ。なんならやっつけ仕事のようにすら思えるような出来栄えだ。

これまで何度も打ち合わせをして伝えてきたことはなんだったのだ。口には出さずとも出てくる語気は強くなってしまう。パートナーさんも僕の空気を感じたのか身構えるような口調になる。空気が硬くなっていくのがわかる。

「このままではいけない」咄嗟に繕うように、改めて今回のプロジェクトにかける思い入れを話すことにした。上がってしまった体温を鎮めるように丁寧に説明するつもりが、思いと反してどんどん熱を帯びた口調になってしまう。自分でもわかるくらい支離滅裂な内容でもあった。

「ようやくわかったような気がします」
一通り話し終えて息切れした僕の呼吸が戻るのを待ってからパートナーさんはそう言った。

「え。今ので?」こちらとしてはまったく手応えがない。
「ここまで伝えていただいたのははじめてです。大変失礼しました。次は大丈夫だと思います」
そこまで言うと、パートナーさんにようやく笑顔が戻った。

その後は事務的な打ち合わせを経て「退室」となった。画面から人の姿が消えてからようやく大きく息をつくことができた。そこではじめて脇と掌と首筋が汗ばんでいることに気づいた。

好むと好まざるに関わらず、1年以上前から蔓延している感染症は、実質的な人との距離を遠ざけることと引き換えに、人間関係における「距離感」を極めてゼロに近づけることに成功した。

距離感の喪失は「どこでもドア」さながらインスタントに会える機会を拵えられる反面、これまで対面して伝えられていた機微を奪ってしまう。その弊害が今いろんなところで噴出しているような気もする。個人的なことであれ、社会的なことであれ。

距離が奪われるということは、本来そこにたどりつくまでの道程をショートカットすることであり、その道程とはつまり「想像する」ということなのだと思う。

友人の結婚式に遠隔で参加し、仕事で画面越しに汗をかいたことでわかったことは、逆説的なようだけど「距離がある」ことを知ることで取り戻せることがあるかもしれないということだ。

紛れもなく今日も、そこに人はいる。
一定の距離を置いて、そこにいる。

その距離を思うこと。
その距離を忘れないでいたい。

文・写真:Takapi

外のテーブル

半年前にオープンしたばかりの、マンションの1室を改装したそのバルは、キッチンに面して大きな長方形のテーブルがひとつあるだけのシンプルな佇まい。大きなテーブルの3つの辺に1組ずつ着席するスタイルで、キッチンにいる店主と相対しながら囲むような格好になる。

マンションの一室がお店になるからお店に入るにはオートロックのインターホンを押す必要がある。マンションの前には看板も出ていないしネットを見てもほとんど情報も解禁していない。1日3組限定の、まさに「隠れ家」的なバルとも言える。

お店の特徴を言葉にすると、一見さんお断りの頑固な店主が構えたお店にも映るけれど、実際には、朗らかな雰囲気の女性がひとりで切り盛りしている。その雰囲気がそのまま反映されたようなやさしい味わいの料理と、それでいてたしかな目利きで選ばれたナチュールワインが気に入って定期的に通うようになった。

小さなお店でさらにテーブルを囲んでいるからか、自然とそこにいるすべてのお客さんの話が耳に入ってくる。それが邪魔にならないのはきっと、お店にいるすべての人たちのが寛いだ声をしているからだろう。そのアットホームさは徐々に客同士も打ち解けさせる。その雰囲気もあわせてこのお店の心地よさでもある。

先日訪れた時は僕ら夫婦が一番乗りだった。1杯目のワインを楽しみ終えた頃、残りの2組が来店してきた。

1組は友人同士と思われるベテランの女性3人組で、席に座るなり楽しそうに近況報告をしている。もう1組はお一人様の若い女性。緊張した面持ちでメニューと睨めっこしている様子を見ると大学生くらいにも見える(ここでは話をわかりやすくするためにその若い女性客を「女子大生」とする)。

3人組の方は常連なのか店主と軽い会話を始める。数分のやりとりの後、はじめのオーダーを受けた店主は、すぐさま女子大生に向き直り「今日はどうしましょう?」と笑顔で声をかける。その一言でメニューと睨めっこしていた女子大生の表情がふっと緩んだのがわかった。その後いくつかのやりとりを経てワインと数品の料理を決められたようだった。

それから30分くらいは各々が料理とワインに舌鼓を打ちながらそれぞれが会話を楽しんだ。その間も女子大生と店主は何度か言葉を交わしながら解けた空気が作られていた。そのやりとりが姉妹のようにも見えて微笑ましくてついつい目を向けてしまう。

均衡を破ったのは、店主から女子大生に向けられた「そういえば、この店はどうやって見つけてくれたのですか?」という質問だった。

その質問を聞いた僕ら2組は、示し合わせたように会話をピタッと止め彼女の回答を待った。少しの間を挟んで「実は、先月上京してきたばかりで」と話し始めたものだから、その場は突如として「人生の先輩達」が彼女の身の上話を聞く場に変わることになった。

聞けば、彼女は昨年社会人になったばかりで、半年前までは関西地方で教師をやっていたとのこと。夢見た職業ではあったもののこのコロナ禍だ。生徒にも会えないまま次第に自信をなくしていき、結果としては半年で教師を辞めることになった。運良くその後すぐに次の職場が東京で見つかり、先月から上京してきたということらしい。

話を聞きながら「そんなことがあったの」「大変だったわねぇ」「でも良かったわね」などと相槌を打つ僕らは完全に「保護者」と化していた。

「このお店はInstagramで知ったんです。とても雰囲気が良いなって。それで…来月友人が誕生日なんです。せっかくならこのお店でお祝いしたいなって思って、今日は下見としてひとりで来てみたんです」

それを聞いた「保護者」たちは「いい話ねぇ」「素敵!」などと囃し立てる。ずっと頷きながら話を聞いていた店主は「とても嬉しいです。こういうこともあるんですねぇ」と目を細めた。

そして一呼吸置いて、「いい日だ」と店主は呟いた。

テーブルを囲むということは人生を分かち合うことなのかもしれない。

まだ冷え込む夜道を歩きながらそんなことを思った。そのことを妻に伝えれば「大袈裟ね」と笑った。

大袈裟。たしかに言われてみればそうだ。テーブルを囲むということであれば、妻とはほぼ毎日食卓を囲んでいる。とは言え、ふだんの食卓を振り返って人生を分かち合うほどの会話をしているかと問われればノーだろう。ふだんの食卓の会話は、もっとなんというかぼんやりとしている。うすく流したテレビを見るともなく、明日の予定を聞いたり、今日の料理にコメントしたり、ちょっとした愚痴をこぼしたり、そんな風にして毎日の小一時間の食卓の時間は過ぎていく。

コロナ禍になり、互いに在宅で仕事をするようになってからは余計にふだんの食卓の会話は簡素になったような気がする。仕事を終えて間を置かずに食卓を囲むからなのか、単純に食卓を囲む回数が増えたからなのか、理由はわからないが今まで以上に食卓の会話はぼんやりとしているようにも思う(僕としては特段不満があるわけではないけれど)。

代わりに、といういわけでもないけれど、近所の「行きつけ」のお店に出かける機会が増えた。さっきのバルももちろんだが、朝早く起きて少し遠いカフェに自転車で行ったり、美味しいランチを食べに小さなカレー屋さんに行ったり、平日の昼時に仕事の合間を縫ってコーヒースタンドにコーヒー豆を買いに行くこともある。

不思議と「外のテーブル」では互いに饒舌になるらしく、お店の人との何気ない会話をきっかけにして、仕事の今後の展望だったり、いつか行きたい旅先のことだったり、ふたりの暮らしの将来についてだったり…ふだんの食卓よりも快活で前向きな会話が繰り広げられるのだ。

そんな「外のテーブル」のやりとりがとても良い息抜きになっていて、今の僕にはとてもフィットしている(妻がどう思っているかは知らない)。

もう結婚して10年が経つけれど、ようやくわかってきた夫婦関係を維持するささやかな秘訣は、僕らのことを「ちょっと知っててほとんど知らない人が待ってる場所」をいくつか持つことなのかもしれない(妻の意見は違うかもしれない)。

どんなに良好な関係でも、閉じこめれば空気は淀むもの。「外のテーブル」には空気を浄化する効果もあって、それはつまり人と人のつながりを取り戻す役割も持っているということだと思う(たまにつながりを「生み出す」ことさえあるのだ)。

「外のテーブル」は催促もせず、期待もかけずに今日も街で待ってくれている。それは暮らす上でとてつもなく大きな安心だ。このコロナ禍で、お店がなくなっていくのを目の当たりにしてようやく気付くことができた。

「外のテーブル」が続いていくことを願って。

文・写真:Takapi

アドバイスと隙間

先月からジムに通い始めた。

外出が減ったことで持て余した体力はお腹周りに集中したようで、「余分な肉」がいよいよのっぴきならない状況まで追い込まれてきて、ついにはストレッチジーンズすら入らなくなってしまった。

身体が重くなればキレがなくなる。当然それは頭の働きにも影響する。ボーッとする時間が増えたし、集中力も格段に落ちたような気もする(単に年齢のせいかもしれない)。

そんな訳で、必要に駆られてジムに通うことにしたのだ。

ジムの入会時には、インストラクターがオリエンテーションとして一通り館内を案内してくれる。機材の使い方を教えてもらった後は、体組成計という筋肉量やら脂肪量やらがわかる体重計で身体を「スキャン」し、インストラクターから今後のプランについてアドバイスをもらってオリエンテーションは終了となる。

学生くらいの若い(マッチョな)インストラクターは、少しおどおどしながらもプリントされた数値を追いかけては丁寧に説明してくれた。聞けば、脚の筋肉はアスリート手前くらいの筋肉量があるのに、上半身は大人の平均以下の筋肉量しかないというアンバランスな身体であるようだ。

一通り説明を終えた彼は「選択肢はふたつです」とぎこちなくピースサインを作り、「全体をシェイプするか、上半身の筋肉量を増やすか、です」と締め括ってプリントを手渡してくれた。

インストラクターが去った後、手渡されたプリントの数値をしばらく眺めていると不思議と安心し始めている自分に気付いた。数値として現実を突きつけられたことで足りない部分がハッキリしたことと、インストラクターの「上半身の筋肉量を増やすべき」というシンプルなアドバイスのおかげでやるべきことがわかったからだ。

思えば、あれだけ年齢の離れた人にアドバイスを受けたことははじめてのことだった。なんだかそれも嬉しかった。プリントにはりつけていた目線を上げてジムを見渡せば、黙々と自身の身体と向き合いながら「それぞれの課題解決」に励んでいる人たちがいる。そんなバラバラな人たちを見ていると徐々にやる気が出てきた。プリントを畳んで急ぎ足でランニングマシーンに向かった。

それから現在まで週に2回は通えている。新しい習慣ができたようでとても気持ちがいい(お腹が凹む兆しはいまだ見えていない)。

社内の若手に話を聞く機会があった。2年前に社内の同期メンバーと「企業内大学」という社内の交流を促すコミュニティを立ち上げた彼女は、2年間草の根的に活動していたら、気づけばメンバーが数千人規模になっていて(すごい)、社内外からとても高い評価を受けているとのこと。これは話を聞かせてもらわねばとお願いしたのだ。

実は、彼女がその活動を始めた直後にも一度話したことがあった。なぜ当時彼女と話をしたのかは思い出せない。知人の伝手のそのまた伝手で繋がって話を聞いたような、そのくらい「たまたま」のことだったように思う。

その時は立ち上げたばかりの活動について、目指している将来像や現状の課題について聞かせてもらった。その視座の高さに圧倒されて「すごいねぇ」「うまくいくといいねぇ」というなんともぼんやりしたリアクションをしたような憶えがある。

今回改めて話を聞く中で、組織運営をする上で気をつけていることはあるか?という質問をしたら「実は、あの時いただいたアドバイスをメンバー間で大事にしているんです」と言うから驚いた。

僕が話していたというアドバイスの内容を聞いてもいまいち思い出せない。なんとも具体性のないアドバイスでもあった。というかそれはアドバイスですらなかった。なんとなく世の中に転がっている一般論をポンっと投げ込んだ、いわゆるその場しのぎの言葉だった。そのくらいはわかる。なんだか恥ずかしくなって「そんなこと言ったっけ?」と答えたら彼女は笑った。「そんな気がしました」と。

話を終えてしばらくしてからジワジワと嬉しさがこみ上げてきた。アドバイスを大事にしているという話はリップサービスだろう。それは別にどうでもいい。それよりも、無責任なりにも僕が話したことを憶えていたことが嬉しかった。

これまで僕自身も多くの方からアドバイスをもらってきた。時にアドバイスの顔をした叱責だったこともあったし、アドバイスをされていたはずがただ自慢話を聞かされていたというようなこともあった。

そのひとつひとつを細かく検分することは避けるけど、今でも心の引き出しにしまっては時折必要に応じて引っ張り出すようなアドバイス達を並べてみると、そのほとんどが「少し遠い場所」から届けられた言葉のように思う。

隣の部署のお偉いさんだったり、取引先の人だったり、このコラムを書かせてもらっている眼鏡屋の店主だったり。直接語り掛けられなくても、手にした本や歌から届く場合もある。小説の中にも、エッセイの中にも、詩の中にも、電車の中吊り広告の中にも、アドバイスのタネはいつでも目の前に転がっている。

もしかすると、アドバイスとは「する」ものではなくて、受け取った人の中で「なる」ものなのかもしれない。そしてここが重要なのだけど、自分の中にアドバイスをしまえるだけの「隙間」がないとアドバイスにはならないようだ。

隙間。

新しいことを始めんとする時の欠乏感だったり、何かを失った時の喪失感だったり、そんな隙間がある時にかけられた言葉が「アドバイス化」しやすいのだと、我が身を振り返って思う。先日のスポーツジムで受けたアドバイスはきっと、新しいことを始めようとする「隙間」が僕の中にあったから、すんなりとアドバイスになったのだと思う。

将来どうなるかわからないことを始めようとする時に生まれる心の隙間。
届いた言葉をアドバイスとして受け止められる隙間。

その隙間は不思議とワクワクするような高揚感を伴う。

なるべくならいつまでもその隙間を持っていたい。
4月は事を始めるにはうってつけの季節だ。
さて、今年は何を始めて「隙間」を作ろうか。

文/写真:Takapi

感性

この年齢になってはじめて絵を買った。

きっかけはとある雑貨屋で行われていた個展。器作家さんの個展だったのだけど、器以上に壁に飾られていた絵になにか引き込まれるものを感じて、店員さんに絵の作者を教えてもらった。

後日その方のInstagramを眺めていたら、タイミングよくオンラインでの発売予告をしていた。発売日は開始時間をドキドキしながら待った。まるで高校生の頃、好きなアーティストのCDをフラゲしにCDショップに行く時のような感覚だった。

無事に購入でき、2週間後にその作品は届いた。

作品はダンボールやら緩衝材やらビニールやらで丁重に梱包されていた。じれったさを噛み締めながら丁寧にひとつずつ剥がしていく。いざ作品を眼前にかざした時は、「あぁ」だとか「ふわぁ」だとか、いずれにせよ小さく声が漏れ出ていた。

手に取って絵を見つめていると、すぐに何故か手に持っているのが心許なくなってしまい、早々にダイニングの壁に飾ることにした(それが冒頭の写真だ)。

作品を目の前にしてしばらく眺めていると不思議な感覚に陥った。いくつかの言葉が断片的に頭を通り過ぎてはその作品を言葉で表そうとするのだ。

「躍動感のある青々しい風が吹いたかと思えば、その奥に水面も揺れない静謐な泉があるような、温かいような冷たいような、生々しいような無機質のような」そんな風にして言葉が頭の中を駆け巡っていった。

その日以降、作品を目にする度に、波打ち際で揺蕩うような、草原の中そよ風に吹かれるような、大袈裟に言えばそんな感覚を楽しんでいる。

おいしいナチュールワインと料理のペアリングを楽しめるレストランが近所にある。先月行ったばかりなのに早くももう一度行きたくなってしまって先日再訪した。

月替わりでコース料理を変えるお店なので新しい料理を楽しみたいというのもひとつの理由だったけれど、カウンター席で料理とお酒を楽しみながらシェフやソムリエとの会話を楽しめるのも大きな理由であったと思う。

今回も前回同様、感動の連続だった。シンプルな調理なのに組み合わせのアイデアが光る料理と、料理の味わいをしっかり引き立てるお酒の応酬に呆けていると、シェフがつと「なぜもう1回来てくれたのですか?」と聞いた。前回僕らが来たことを覚えてくれていたらしい。

新しいコースを楽しみたかったから、話が面白いから、と当初頭の中にあった理由を並べてみたものの、話し出すとなんとなく違う気がしてきて、「うーん、なんでなんでしょうね?」と聞き返してしまった。

その話は一旦そこで終わり、その後も引き続き料理とお酒についての話を楽しんだ。話を聞いているとシェフは「ふつうは」という言葉が口癖であることに気づいた。

「春であれば“ふつう”は料理に緑を使いたがるのだけど」
「コース料理は“ふつう”はひとつわかりやすいピークを持っていきたくなるのだけど」

それら発言の後には、「でも」が続く。

「僕は早春であれば“黄色”の方がしっくりくる」
「ピークを持ってきたがるのはシェフのエゴだと思う。僕はあまり作為的なことをしたくない」

その話を聞いてひとつのことが思い当たった。
前回食べた料理のことをほとんど思い出せないのだ。

とても美味しい記憶がある。驚いた味わいもある。感動の連続のはずなのに、その場を括る言葉が見つからないのだ。

それはきっと、シェフの出す料理が「これまで僕が経験したことと類似するものがない」からなのだと思う。

メインは上質な肉をシンプルに焼いたもの、とか、春なら瑞々しい野菜を使った料理、とか、大抵は「重ねられた」記憶を引っ張り出して、その記憶と比較しながら、適当な言葉を見つけてようやくその対象を言葉で括ることができる。

けれどこのレストランの料理にはその比較対象がない。だから記憶がするっと抜けていってしまったのではないだろうか。

そして手元に残る記憶は「いい体験だった」という感覚だけ。

このお店に行きたい理由がようやくわかった。
言語化できないものを体験したいからだ。

その理由がわかったのはお店を出た後だった。
このことを伝えにまた来月も足を運ばなくては、と思った。

今の仕事について、業界向けのセミナーに登壇する機会をいただいた。その中で「感性はどう維持しているのか?」という質問をもらった。

「うーん」としばらく唸ってしまった。僕自身、とてもではないが感性が「ある」とは思えないからだ。結局その場では答えられず会は終わった。

感性。

磨くや腐るといった言葉がセットになるように、その言葉には鍛錬と継続の必要性を感じるニュアンスがある。少しマッチョな言葉だ。

それはそれとして僕にとって「感性を感じる人」というのはいる。それは大雑把に言ってしまえば「手仕事」をしている人だ。

触れることを通して対象物を深く知り、その蓄積された「知覚」をもって、新しいモノを作り世の中に向けてアウトプットする人たちは皆、僕にとって感性を感じる人だ。

絵を描く作家もそうだし、料理を振る舞うシェフもそうだ。今着ている服だって着けている眼鏡だって、このコラムを書き込んでいるラップトップだってそうだ。そう考えると僕は「感性を感じる人」に常に囲まれ接しながら暮らしている。

感性を維持するというのは、僕にとって言えば、「感性を感じる人」が提供したものに触れる機会を通して、なるべく言葉を尽くしてみることで(それは往々にして言葉になりきれないのだけど)あって、言い換えれは「感性を受け取る」というようなことなのかもしれない。

では感性を受け取るといいことがあるのか?
それははっきり言ってわからない。

けれど「言葉で表すのが難しい感動が大なり小なり暮らしの中にたくさんある」というのは、常に正解を求められる日々の暮らしにおいて、一時のアクティビティのような爽快感を感じることではある。

だから僕は今日も明日も、ダイニングに飾られた絵を眺めることにする。

文/写真:Takapi