後味

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先日、友人の会社が主催するパーティに招待されたときのことだ。

パーティ開始時間ギリギリに会場に入った僕は、受付にいる女性に名前を告げ、当日の案内のチラシを受け取った。「ごゆっくりお過ごしください」「ありがとうございます」と型通りの挨拶を交わしたとき、受付の女性と小さく目が合った。

色のついた細い縁のメガネをかけた少し猫背気味の雰囲気に既視感を覚えた。どこかで会ったことがあるような気がするのだが思い出せない。数秒の逡巡の後、後ろに並んでいた人に押されるような形で僕はパーティ会場に入ることになった。

会場に入ればすぐに知り合い数人に声をかけられ談笑が始まり、受付で感じた既視感は会場の喧騒とともにあっけなく消え去っていった。

パーティが終わり、ほろ酔いで帰宅する電車の中でふと、先ほどの受付の女性の顔が浮かんだ。その拍子に彼女と僕が机を挟んで対面しているシーンがフラッシュバックした。

そこは以前僕が働いていた出版社の会議室だった。その会議室で僕は彼女を詰っていた。「なぜこの程度のクオリティしか出せないのですか?プロとしての自覚はありますか?」と。

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彼女は友人から紹介された企画会社の方で、僕はとある企画を彼女にオーダーしたものの、提案されたものに満足が出来ず、彼女に対してそんな言葉を吐いたのだ。

もう5年以上も前の話だ。若さ故という言い訳もできなくはない。任された大きなプロジェクトに勇み足になり、躍起になっていたのだろう。

とはいえ、僕が彼女に吐いた言葉は配慮に欠けていたことは紛れもない事実であり、結果として彼女を損なってしまった。その後彼女とは連絡が遠のき、二度と仕事をすることはなかった。

なんとも後味の悪い結果になってしまった。

その会議室のシーンがフラッシュバックされた時、「彼女の方は憶えていたのだろうか、忘れてくれていたらいいな」と僕は反射的に思っていた。そしてそんなことを思った自分に愕然とした。

5年経ってもなお、過去から目を逸らそうとするのか。そんな自分の弱さに呆れ恥ずかしくなった。

電車の中でずっと、胃の上あたりをギュッと掴まれるような苦しさを感じ続けていた。電車を降りる時、つり革を掴んでいた手は汗でぐっしょりと濡れていた。

ひょっとしたら僕たちは、誰かを詰り損なってしまった記憶を、嬉しかった記憶と同じかそれ以上にずっと身体の中にしまい込んでいるのかもしれない。

そしてふとした時にその記憶は顔を出し、僕らを試すように問いかけてくる。お前はあの頃から変われたのか?変わろうとしたのか?と。

過去にしたことは覆らない。そうなのであれば僕らにかろうじてできることは、こうした記憶が眼前に現れる度に、逸らさずに過去と対峙し、今を再検分し、「これから」の行いで返していくことくらいなのだろう。

虫のいい話だ。それで過去が帳消しになるわけではない。でも、そうでなければ寂し過ぎる。

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「久々に会いませんか?」という連絡を最近よくいただく。

新しい一歩を踏み出すことになった報告のためだったり、「話が合うと思うので」と新しい出会いを提供してくれるためだったり、理由はさまざまだけど、そんな風に誘ってもらえることは単純に嬉しい。「ぜひに」という気持ちになる。

ところで「また会いたい」と「もう会わないんだろうな」の間にはどんな隔たりがあるのだろう。僕自身も「また会いたい」と思う人はたくさんいる(自分から「会いましょう」と言うことができないのが悩みだが)。

出会ってきた人の顔を並べて結論らしいものを掲げるのであれば、ふたつを隔てるものは「別れ際の後味」にある。

会話の端々や雰囲気の中にうやむやとすることがなく、スッキリと前向きな気持ちのまま別れた人とはまた会いたいと思うようだ。

不思議なのは、そんな人たちに改めてお会いする時は、嬉しいと思うと同時に少し背筋が伸びるような心地いい緊張感がある。その緊張感があるから前向きになるのか、うやむやとしない話をするから緊張感が伴うのか、そのあたりはわからないけれど、僕に限って言えばそうなのだ。

これからも“後味のいい人”と会っていきたいと思うし、できれば僕もそういう人でありたいと願っている(嘲笑が聞こえる)。

師走が近づき、これから忘年会が増えてくる。
久々に会える人との再会を楽しみにしながら、会えたなら緊張を解かず、記憶を失くさず(これは期待できない)、後味よく1年と別れ、「幸先のいい」1年を迎えられるようにしたい。

それが僕にとって「これから」できる唯一の行いだから。

文/写真:Takapi