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2018/08/10

なんか、いろいろと、あるんだよ

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「この打ち合わせ、やる意味があるのでしょうか」

目の前で繰り広げられている議論があまりに不毛に思えてつい口から出てしまった。先日の打ち合わせでのことだ。

途端に静まり返る会議室。その日初めてお会いした5人くらいの参加者の顔が一瞬で固くなったのが、視界に入らなくてもピンと張った空気でわかる。その時点で「あ。やってしまった」と後悔し始めていた。

取り繕おうとまた口を開いたところで「意味がない」と発言した自分なりの理由をまくし立てるばかりで、参加者の顔が固まるどころかどんどん暗くなっていってしまった。

結果として数分の“演説”で空気を変えることは難しく、会議の長の「とりあえず1回持ち帰りましょう」の一言に救われる形で会議はお開きということになった。

会議が終わり、組んでいた足をほどき立ち上がったときに、おしりから太腿にかけて張りのような、凝りのような軽い痛みを感じた。

張りつめていたのは僕の気持ちの方で、固くなっていたのは僕の態度の方だったことに、そのときになってようやく気付いた。

オフィスの自席に戻り、固くなった太腿の筋肉をトントンと叩きながら、ひょっとしたらこの痛みは天敵から身を守るために威嚇する小動物のような、生物の生存本能なのかもしれないなと、ぼんやり思った。

威嚇してまで守りたいと思うものはいまいち浮かんでこないのだけれど、僕を威嚇させた根っこの感情はわかる。

怯えであり不安だ。
でもいったい僕は何に怯え不安を抱いていたのだろう。

数時間後、先ほどの会議に参加した人から僕宛にメールが届いた。

「今度、○○さん(僕の名前)のご経験をメンバーに教えてもらえないでしょうか。今までやってきたことの中で大事にしてきた想いをお聞かせください」

メールを読み、まわりの方に気を遣わせてしまったことを恥じるかたわらで、ふっと全身の力が抜け安心している自分がいた。

つまりは単純なことで、僕を怯え不安にさせていたものは「わからない」という感情だ。

相手の本心がわからない、自分自身がどういう目で見られているかわからない、そんな「わからない」に怯え、強い言葉で威嚇し距離を置くことで自分を守ろうとしたのだ。

「わかる」ためにやれることのひとつは「安心」を与え合うこと。そしてそのスタートのためにやれることは、もうこのメールに書かれている。

「すいません、ここからはもう大丈夫です」

声にせずにつぶやき、「ありがとうございます」と返信する。

この年齢になってもこんなことでつまずくのかと、自分の未熟さに呆れ、苦笑いが込み上げ思わずうつむく。

力が抜けだらしなく開いた太ももが目に入った。

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10年位前に一緒の職場で働いていた同僚と数年ぶりに再会し、外苑前の小さな酒場のカウンター席で酒を飲み交わした。

彼は今の職場で副部長という肩書をもち、幼稚園に上がる子どもがひとりいて、奥さんのお腹の中には二人目の子どもがいるらしい。

10年前に比べて少し落ち着いた雰囲気をまとった彼は「いろいろ、おめでとう」という僕の言葉に静かな笑顔で返したあと「いろんなことに気を遣う年齢になったなぁ」と独り言のように言葉を落とした。

仕事の話、健康の話、家族の話、年齢を重ねるほど取り巻く境遇は似てくるようで、「あぁお前もか」などと慰めなのか励ましなのか分からないような声をかけては「なんか、いろいろあるな」と芋焼酎のロックをすすった。彼も同じ酒を飲んでいた。

22時前に酒場を出ると、この時間になっても熱をまとっている風が肌を撫でる。彼はひとつ先の駅まで歩いていくということで、酒場そばの地下鉄の入口で「じゃあ、また」と僕らは小さく手を振って別れた。

帰りの電車の中、さっきの酒場での会話を振り返っていたら「なんか、いろいろ」と口から小さく漏れた。それだけ「なんか、いろいろ」が多かった宴だった。

家に帰ったらコーヒーを飲もうと思った。

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自分ではどうしようもできないことが増えた。
一方で自分がどうにかしなくてはいけないことも増えた。
経験からわかることが増える一方で、その正しさが脆いこともわかるようになった。

要は、「なんか、いろいろある」年齢になった。

今年の酷暑をしのぐ手段が空調のきいた部屋に逃げ込むこと以外にないように、無理に足掻かず、笑顔でかわしたり、じっと我慢したり、話を逸らしていれば、大抵のことはそのうち時間が解決してくれるものだというのがわかってきたのも、この年齢になってきてからだ。

そんな風にわかったつもりになったとしても、僕はこれからもひとつずつ不器用に向き合いながら、少しずつ安心できる場所を増やしていくのだろう。そしてまた明日も気の合う仲間と肩を並べて飲んでいるのだろうと、これまたたしかな予感として感じている。

何とも急に老け込んだ締めになってしまった。きっと夏バテのせいだ。

それでも「時には起こせよムーブメント」と平成の名曲を心に忍ばせて、何かを叫んで自分を壊す準備だけはしておこうと、平成最後の夏に僕は小さく決意をしたところだ。

文・写真/Takapi

2018/07/28

夏期休暇のお知らせ

8月22日(水)〜24日(金)は
夏期休暇とさせて頂きます。
宜しくお願いいたします。

2018/07/10

風邪をひいた拍子に

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本格的に風邪を引いた。

風邪に本格もアマチュアもないのだろうけど、5年ぶりくらいに39度近い熱を出し、喉が腫れ上がって食事もろくにとれずにほぼ3日間寝込み、その間にポカリスエットを5リットルくらい飲んだのだからたぶん本格的な風邪と呼んでいいのだと思う。

「熱が出る方のパターンかぁ。珍しいね。ふむふむ」他にどんなパターンがあるのか?とっさに浮かんだ疑問も38度のぼーっとした重い頭ではぶつける気力もなく、淡々と診察を始めた近所の町医者の声に耳を傾ける。

この町医者は今回がはじめて。熱が出始めた日に会社近くのクリニックで処方された薬が2日経っても一向に効果を出し始めず、藁にもすがる気持ちで自宅近くの病院を見つけてきたのだ。

2日前に処方された薬の名前を伝えると、医者は残念そうに頭を振りながら「今あなたが飲んでいるその薬ね、今はあんまり効かないんですよね」と返す。

薬の話になると饒舌になるようで、今流行りの薬の話から薬と国家権力の関係というスケールの大きい話まで披露したあと、「なんでそんな薬出しちゃったかなぁ」とこぼした。言葉と裏腹に彼の顔は少し嬉しそうでもあった。

5分程度の短い“授業”のあと「ということで、この薬出しておきますから。これでダメならまた来てくださいね」と言って僕を診察室から送り出した。

近くの薬局で薬をもらって来た道を戻る。歩きながら「面白い医者だったなぁ」と今しがたの診察を振り返る。振り返る頭は来たときよりも幾分軽くなっていた。

僕らは(少なくとも僕は)弱っている人から助けを求められるとつい、「頑張って!大丈夫!」と背中を押そうとしてしまう。それはそれで励みになることもあるけれど、いつもと変わらない淡々とした受け答えが気を楽にさせることはあるようだ。

処方された薬はしっかり効果を発揮してくれて、翌朝には熱は平熱近くまで下がっていた。

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回復の兆しが見えたため、翌日は若干の身体のダルさを感じながらも会社に行くことにした。

家を出れば梅雨のさなかの晴れ間。太陽がまぶしい。目をしばたきながらいつもの公園を横切る。

子ども向けの遊具の色、公園の隅に咲いている夏の花、梅雨の雨と太陽をいっぱいに取り入れてみずみずしさを増す木々の緑、自動販売機の中の極彩色をまとった缶。青、緑、ピンク、赤、オレンジ、町中に散らばった色彩が一斉に目に飛び込んでくる。

色彩を取り込んで身体が喜んでいるかのように、目に入る色の数の分だけ徐々に自分の歩幅が大きくなっていく。

いつものなんてことない風景の中の彩りひとつで元気になれるくらい、僕らはゆるさとしたたかさを持っている。そのことに気付き「現金なものだな」とひとり苦笑いを浮かべいつもの駅へ向かった。

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風邪が完治した頃、旧い友からメールが入る。
「自分の存在意義がわからないときがある」画面に浮かぶ相談とも弱音ともいえない零れた言葉を見て「そんなことないよ」と反射的に打ちかけて思いとどまる。

少し考えてから「想いを吐き出してくれてありがとう」と打ち返す。相談相手に対して「ありがとう」とはずいぶん間の抜けた返事だ。

続けて「存在意義ってなんだろうね。僕にもわからないや」と打った。

昔から変わらない「いい加減な僕」の声でこたえた。

それから何回かやりとりを重ね、旧い友は「気長に楽しんでみるよ」と少しだけ気が楽になったようだった。

そういえば旧い友はいつも僕を見て「なんか楽しそうだね」と言っていた。

ひょっとしたら友は、いつも通りの僕といつかの通りのやりとりをすることで自分の中にある彩りを取り戻そうとしたのかもしれない。本当のところはわからないけれど。

風邪を引いていなければ、友の背中を押してしまったかもしれない。
風邪を引いていなければ、自分の言葉を飾りひとり語りをしてしまったかもしれない。

今年の夏風邪はとてもしつこく治りが遅かったけれど、その分長い人生にじわじわと効く薬を与えてくれた。

文・写真/Takapi