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2019/11/10

正しい時間

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ここ1年、定期的にとあるベテランの料理家さんと仕事をしている。毎回お会いするたびに新しい発見があり、仕事が終わる頃にはノートはメモで真っ黒になっている。

「灰汁(あく)って、言葉の音からして悪いものだと思ってない?灰汁も出汁なの。だからやたらめったらとる必要なんてないの。あれは料亭など綺麗な色のつゆにすることが必要なときの工程なのよ」

こんな感じで、ふだん参考にしている料理本やインターネット上にある「こうすべきこと」をいかに盲目的に従ってやってきたかを知る機会でもある。そして先生はいつもなぜその工程があるのか、出来の悪い生徒にちゃんとわかるように、道理をていねいに教えてくれる。なるほど料理に「理(ことわり)」があるのはこのためか、などといつも感動している。

先生から教えてもらっていることは料理に留まらない。先生が僕に教えてくれるのは、ふだんの仕事や暮らしの中で、何も疑わずにやっていることに注意を払い、立ち止まり再考するための「心構え」のようなものなのだと思っている。

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そんな先生が先日新しい料理本を出した。その出版記念のトークイベントが開催されるということなので参加してきた。

トークイベントの内容はここでは追わないが、そのトークイベントで先生の料理家としての出自を聞いた。聞けば彼女は、これまでいわゆる師と仰ぐ人につくことがなく、独学でここまで歩んでこられたとのことだった。

「だからね。私は誰よりも『失敗』している料理家と断言してもいいと思っています」と朗らかに話す笑顔がとても素敵だった。同時に「道理で」と思った。彼女の魅力は、積み上げてきた「失敗の数」と密接につながっているんだな、と。

後日彼女と仕事でお会いした。打ち合わせをする中でふと雑談になり、来年の目標の話になった。各々がポツポツ話す中、彼女は「私さ、来年世界一周しようかと思って」と高らかに宣言して、その場にいた全員を驚かせた。

「世界の食をもっともっと知りたいの。そして日本に持ち帰りたい。たぶん今の日本にとって大切なことが詰まっている気がするから」とベテランの先生が少女のように目をキラキラさせて話す姿を見て、「感銘を受ける」を通り越して神々しくすら感じた。

どれだけ積み上げてもなお、わからないことがあること。そもそもどんなに知っても「わからない」という前提に立つということ。その前提が新しいチャレンジを生むこと。チャレンジの繰り返しがワクワクして生きるということ。

先生の話を聞いていてフツフツと湧き上がるものがあった。それは勇気にも似た感情だった。同時にあったかいものに包まれるような安心もおぼえていた。

「なんだ、僕らにもまだまだ時間はあるじゃん」と。

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「言葉はそんなに意味を持っていないんだよ」
わずかに残っていたハイボールを飲み干してから、彼は僕に向かってそう言った。

彼との付き合いはふるく、かれこれもう15年近くになる。新卒で入社した会社の同期で、同じ部署の営業としてともに切磋琢磨した仲だ。と言えば聞こえはいいが、慣れない社会人生活に息も絶え絶えになりながら、日々の愚痴を金曜日の夜にビールで流し合うような仲だった。

彼は一緒に働いていた頃から「ドライな性格」で、常にほどよい距離感があった。その距離感が不思議と心地よく、今でもこうしてたまに酒を飲み交わしている。

そんな彼と1年ぶりに酒をともにした。そのときに彼の口から出てきた言葉がそれだった。

久々に会った彼は営業部長をしていて部下を何人も抱えていた。話を聞けばそれなりに慕われているのがわかる。僕はと言えば、どうしても自身のやりたいことを優先してしまって、メンバーにそれを強いてしまう癖があることを伝えた。

言葉巧みに彼ら彼女らのやる気を引き出していることに負い目を感じながら、ひょっとしたら見当違いなことを押し付けていて、間違った方向に誘導してしまっているのではないか、そんな悩みとも愚痴ともつかない話を訥々としてしまった。

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ひととおり話を聞いた彼はめんどくさそうに鼻の横をかき(彼の癖なのだ)、わずかに残るハイボールを飲み干して「ひとつ言いたいのはさ、言葉はそんなに意味は持っていないということだよ」と言った。そして「憶えてるか?新卒当時の部長」と聞いてきた。

「もちろん憶えている」と僕は言った。常に威圧的で、部下の失敗を許さず、平気で1時間も自席の横に立たせてネチネチと説教を垂れていた部長を忘れるわけがない。かつての部長の顔を思い出し「でも、仕事はおそろしくできる人だったな」と僕は付け加えた。

僕の言葉を受けて彼は、「うん。最悪な上司だった。でもさ、最近部長から言われたことを思い出すんだよ」と言った。続けて「その時はまったく理解できなかったんだけどさ、今になって理解できることが増えてきたんだよな」と言い、また鼻の横をかいた。

一瞬彼が何を言いたいのかが分からなかった。僕がぼんやりした顔をしていると、「やれやれ」といった表情で「言葉はね、いつどのタイミングで意味をもつかなんてわからないってことだよ」と言った。

僕のリアクションを待たずに、彼は「お前さ、自分の言葉で誰かが変わると思っていない?」と聞いた。ギクッとした僕を見透かすようにふっと笑い、「決心はその人の中からしか生まれないんだよ。だからお前にできることは、そのためのサジェスト(示唆)あって、アジテート(扇動)であってはいけないんだよ」と言った。

言葉で誰かを動かそうとすること自体が既に相手に期待をしてしまっていることだとも言った。期待をすれば、間を置かずにより強い言葉で「早く応えて」と、時に態度で、時に言葉で要求してしまうのだと。

その繰り返しがどんな結末を生むか、それはこれまでの僕の失敗を振り返れば痛いほどわかる。

ドライな友人は大事なことを教えてくれた。そのことを伝えると彼はまた鼻をかき「いや、だからそんなに深刻に考えるなって。さっきの部長の話みたいに時間がいずれ解決することもあるんだから」と笑った。

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今日もSNS上には一見正しそうな言葉たちが並ぶ。脊髄反射のような「そうだ!」の合意の言葉や、空に拳を振り上げるような嫌悪の言葉をセットにして。

それは遠く離れた僕にも同じ熱量で声をかけてくる。「お前もそうだろう?」と。そして立ち止まり吟味する時間を許さずに、また新しい「正しさ」が流れ込んでくる。その繰り返しだ。

でもね。

正しさはずっと後になってわかることもある。
もしかしたらずっとわからないことだってある。
わからないことの方がワクワクすることだってある。

そんな「曖昧な正しさ」を自分の足元に置けたなら、僕はもう少し、積み上がっていく時間を信じてあげられるような気がする。

時間はまだまだあるのだから。

文・写真/Takapi

2019/10/10

通じない

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遅めの夏休みをもらい、9月終わりから1週間ほどクロアチアのザグレブとドイツのミュンヘン、フランクフルトを旅行してきた。

「滝を見たい」のパートナーの一言で、クロアチアの自然公園ツアーに申し込んだのは旅立つ2日前。既に日本語ガイドのツアーはなく、英語のツアーを申し込むことになった。

僕の英語力は中学校1年生で止まっている。そのためツアー中ガイドの話すことの8割は理解ができなかった(いや、正直に言えば9割くらいわからなかった)。

参加者は7名で、当たり前だけど皆英語を「普通に」に話す。僕らは借りてきた猫のように大人しくツアーの最後尾について参加することになった。

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自然公園をしばしトレッキングし雄大な滝にたどり着くと、皆が一様にスマホを取り出し撮影タイムを始めた。僕もならってカメラを構えていたら、オーストラリアから来たという若い女性に「写真、撮るわよ」と笑顔で声をかけられた。

「ありがとう」とスマホを彼女に渡し、僕ら夫婦は並んで滝を背景にして写真を撮ってもらった。撮影したスマホを返してもらうときに「ありがとう」と声をかければ「なんでもないことよ」というニュアンスの笑顔を見せてくれた(欧米の方はそうゆう表情が特に上手な気がする)。

ほんの数秒のやりとりだ。彼女は少しの親切心から、言葉の「通じない」僕らに声をかけてくれたに過ぎない。とは言え、言葉の通じない相手に向かって「なんでもないこと」と手を差し伸べてくれたささやかな思いやりに僕はしばらくほくほくとした気分になれた。

その後も、イギリスから来たというキヤノンの一眼を掲げたお兄ちゃんが、僕のミラーレスカメラを指差して「良いね」(その後なにかカメラについて話してくれたがほとんど分からずニコニコして返すことしかできなかったけど)と話しかけてくれた。

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いつもそうなのだけど、海外の旅を振り返るときにまず頭に浮かぶものは、美味しいご飯でも綺麗な景色でもなく、言葉の通じない人とのささやかなやりとりだったりする。

そんな風景を思い返す度に、今自分がどれだけ「狭くて広い」世界に生きているかを教えてもらったような気分になる。

狭くて広い。

日本語として破綻していることを言っているのは自分でもわかっている。でもそう感じるのだ。「あぁ、世界は狭くて広いな」と。

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今回の旅行でドイツを選んだ一番の理由は本場の「オクトーバーフェスト」に参加することだった。約2週間の開催期間中に700万人が訪れるという世界的なビッグイベントがどんな空間なのかをこの目で確かめたかったのだ。

イベントそのものの感想はここでは文字数を使うため書かないけれど、簡単に説明すると、そこは想像を遥かに超える巨大な「エンターテインメントパーク」であり、そして大学の新歓コンパのようにそこかしこで割れんばかりの嬌声が響き、したたか酔った男女の恋が始まるという、まぁ、とんでもなく平和で賑やかな祭典である。

言葉の代わりに写真を並べるので、なんとなく感じ取って欲しい。

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会場内のほとんどの人たちが陽気に酔っ払ってゲラゲラと笑っている。そんな夢のような場所にちょっとだけ参加させてもらって、控えめに言ってもものすごく楽しかった。どのくらい楽しかったかと言うと、普段なら絶対に乗らない空中ブランコにも乗るくらいには楽しかった。

さて、会場に戻る。僕らはビールが飲めそうな場所を探すために広い会場をひた歩いていた。10分位歩いていると、長テーブルのひとつが空いているのを見つけることができた。隣のテーブルで盛り上がっている酔ったお兄さんに「空いてる?」と僕は聞いた。

その兄さんは振り返り、僕らを認めると「おお!中国人?」と聞いた。「いや、日本人だよ」と答えると「 OhNAGATOMO!」(サッカーは世界共通語)と肩を叩かれた。それからしばらく彼は「ドラゴンボールが好き」「大阪が好き」と一方的に日本を褒めちぎっては、周りに座る彼の友人たちに「おい!彼ら日本人だぞ!」と興奮した様子で声をかけた(仲間は「へぇ」みたいなリアクションだった)。

一通り話し終えると、僕がぶら下げていたカメラを指差し「俺たちを撮ってくれよ!」と言った。

ここで写真を撮ったところで君にこの写真はあげられないんだけどなぁ、と思ったけれど、とりあえず「オッケー!」と言って僕は写真を撮った。撮った写真をモニターに映し彼に見せると「good,good!」と満足気だった。

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ここにも「通じない」関係のあたたかいやりとりがあった。僕らはそこで一杯飲み(ここでの一杯は1リットルだ)席を離れることにした。それからまた広い会場内を歩いていると、今度は泥酔間近のカップルに声をかけられた。

すれ違いざまに「ねぇ。俺ら今日カップルになったんだよ!写真撮ってくれよ!」と男性からせがまれる。だんだん僕自身も楽しくなってきてしまって「おめでとう!」と言いながら何枚もシャッターを切った。

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今言葉にしながらこれらのシーンを振り返ってみると少し鼻の奥がツンとしてくる。

彼らにとってすればなんてことのない一時の「ノリ」なのだろう。仮に日本の花見会場に外国人が隣に来たら同じようなことをしている僕自分が容易に想像できる。

ひとつたしかなのは、「通じない」間柄のやりとりは、「通じている」間柄の1/100くらいのやりとりでも、100倍くらいの喜びになることがあるということだ。

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旅行の後半、ドイツの名観光地ノイシュバンシュタイン城に行った時のこと。ひとりの日本人のおじさんに声をかけられた。

聞けば彼は65歳で、大企業(誰もが聞いたことなある企業だ)を定年退職し、奥さんとお子さんを日本に置いてひとりで世界一周の旅に出ていると言う。

朗らかで開放感に満ちた表情をしたその方の雰囲気が心地よくて、しばらく歩きながら話すことになった。

世界一周旅行をすることになった経緯を「社会から遠ざかるとさ、ストレスはなくなるんだけどなんかボーッとしちゃうんだよね」と話し、「だからさ、こうして言葉が『通じない』環境に飛び込むことでワクワクを取り戻しているんだよ」と笑った。

また、この年齢になると怖いものも恥もなくなり「知らない土地でわからないことがあればすぐに近くにいる人に聞けるようになる」とのことで、「実際に声をかけまくってわかったのは、9割の人は優しいということだね。ほんとにみんな親切に教えてくれる」と言いながらその9割のやりとりを思い出していたのか、彼はふっと目を細めた。

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旅を通して教訓めいたことを言うつもりは毛頭ない。行きたい場所があり、見てみたいものがあればいつでもどこにでも行けばいいし、それがないなら別に旅なんてしなくていい。

ただ、ふだんの暮らしでは出不精の僕が、時折こうして「通じない」場所に身を置きたくなるのはどこかでバランスを取ろうとしているということはたしかだ。

そのバランスのひとつが、今回の旅の中に出てきた「通じない」相手とのやりとりにあるのだと思う。

さて、明日からふだんの暮らしに戻る(このコラムは旅の帰途、トランジットで8時間足止めされているドバイ空港で書いている)。

「通じている」相手との再会を喜びつつ、彼らとのこれからのやりとりの中で、少しでも旅先で得たものが顔を出してくれたら嬉しい。

そんなことを繰り返したくて、僕はまた旅に出るのだと思う。

文・写真:Takapi

 

2019/10/07

FREDERIC BEAUSOLEIL TRUNKSHOW

1万キロも離れている,そんなパリから

新作を含め300本以上のフレーム、サングラスを

取り寄せトランクショーを行います。

是非、皆さんお誘い合わせの上お越しください。

 

『FREDERIC BEAUSOLEIL TRUNKSHOW』

10/26(土),27(月)

HP:www.beausoleil.fr

 

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