3mmくらいの、いいこと

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今年の梅雨は長かった。晴れ間が顔を出さない日々は体調にも陰を落とすのか、あちこちから不調の声が上がっていたように思う。僕も僕でなんとなくフワフワしていた。

7月末にようやく梅雨が明けたと思ったら、連日35度を超える猛暑が続いている。朝から30度を超える気温の中最寄り駅まで歩き、そこから満員電車で小一時間圧迫されるのは、思っている以上にこたえる。ここ数日は会社に着く頃には疲れきっている。

あれだけ晴れを待ち望んでいたのに、晴れを喜んだのは2日くらいで、その後はもうそろそろ雨降ってくれないかなと願っていたりする。薄情なものだ。

でも気持ちなんて案外そんなものなのかもしれない。あちらを立てればこちらが立たず、僕らはいつも「ないものねだりのシーソーゲーム」をして暮らしていて、そんな危ういバランスの上で時に昇ったり時に落っこちたりしてどうにか帳尻を合わせているのかもしれない。

だから気の塞ぐことがあれば、台風が通り過ぎるのを待つようにじっとしていればいいし、浸るほどの喜びに出会えたなら、一時の晴れ間と思ってありがたいと感じ入ればいい。

ひとつ言えることは、良いことも悪いこともそんなに「長続きはしない」ということだ。

なんてことはない、ただの一般論だ。

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僕はといえば、6月7月は忙しさも相まって、感情の起伏に翻弄された日々を過ごしていた。気分だけは季節を先取りして「夏バテ気味」の状態だった。

その反動なのか延長線上なのかはわからないが、ここ数週間を振り返ると微笑ましい出来事が手元に残っている。

並べてみると些細なことに見える。でもそれらはどれも3㎜くらい気持ちが上向くような出来事だった。

「3㎜くらい上向く気持ち」とは、たとえるなら木陰に入った瞬間にスーッと涼しい風が吹き抜けたときの、ホッと胸をなでおろすような、目尻が下がるような、忙しければ素通りしてしまうくらいの気持ちの変化だ。

木陰をたとえに持ち出したのは、今僕が空調の効き過ぎたカフェで氷の溶け始めた薄いアイスティーを飲みながら原稿に向き合っているからだ。要は単純に木陰が恋しいのだ(冷房がキツすぎてクシャミが止まらない)。

そして僕の後ろの席からは、夏バテのせいか新聞を膝の上に拡げたままうたた寝を始めたおじさんのいびきが聞こえてくる。

蛇足だ。本題に戻る。

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夏も本番を迎えると、胃腸が求めるご飯はふたつに分かれる。麻婆豆腐のような力強い味か、慈愛に満ちたやさしい味だ。少なくともそれ以外の選択肢を僕は知らない。

その日の昼時はたまたま後者を選んだ。職場から徒歩5分程度にある、和食がメインの定食屋さんだった。

15種類くらい定食の中から今の僕が一番求めたのは「ナスの煮びたし」だった。

10分ほど待っていると、1/3ほどつゆで埋まった丸いおおぶりのボウルの真ん中にテカテカとしたナスがどんと置かれた、それは見事な「ナスの煮びたし」が運ばれてきた。

「うまそうだなぁ…」思わずそうこぼした僕の声を受けて、料理を運んできた店主は「ふふ。これは今出してるメニューの中でも特にオススメだから。ま。食べてみて」とプリプリの満面の笑みで言い放ってさっと厨房に帰っていった。

その言葉通り本当に美味しかった。そして、ちゃんと時間をかけて作っていることがわかる料理だった。そうゆうのは不思議とわかるのだ。夏バテ気味で猫背になっていた背中がスッと伸びるような味だった。

「いやぁ、ほんとに美味しかったです」会計時にそう伝えると、「でしょう?もーーう、手間がかかってますから」と育て上げた弟子を世に送り出す師匠のような面持ちで料理のコツを丁寧に教えてくれた。

店を出てからオフィスに戻る足取りは軽く、視界が3㎜くらい上がったような気分だった。

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いつも仲良くしてもらっている友人に仕事で用があり、金曜の夕方に彼のオフィスにお邪魔することになった。

話は30分程度で終わり、時間も半端だから一杯だけ飲もうかという話になり、日が暮れる間際に近くのバルに入った。

ハッピーアワーということもありガヤガヤとした店内だった。カウンターに男がふたり腰かけ、ビールとハイボールを1杯ずつ頼んだ。

飲み会のような間延びした時間を過ごすわけではないから、少しだけ早口で互いの仕事の状況を伝え合う。そこから矢継ぎ早に賛同と意見を繰り返した。軽いトレーニングのような応酬になった。

アーモンドをつまみながらお互いに2杯ずつ飲んだ。2杯目が空にになり、会話がひと段落ついたタイミングで「そろそろ行きましょうか」と切り上げることになった。時計を見れば30分程度しか経っていなかった。

店を出ると「頑張っていきましょう。では!」とアッサリと手を振って別れた。

駅に向かい歩きだして50Mくらい経った頃、早歩きになっていることに気付いた。「これから」に立ち向かうべく3㎜くらい前のめりで歩いているような感覚だった。我に返り周りを見渡せば、とっぷりと日は落ち、街は夜の喧騒に包まれていた。

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朝オフィスに行くと、机の上に5cm四方の紙とクッキーが置いてあった。紙を見れば隣で働く後輩の置き手紙があった。

そこには、とあるミーティングでもらったお土産のクッキーをおすそ分けします、と癖のある丸文字で書かれていた。

紙の半分を使って絵も描かれていた。犬なのか熊なのか見分けがつかず3秒ほど逡巡したが、それを眺めていたらふっと頬が緩み、呼応するように身体全体の力が緩んだ。肩が3㎜くらい落ちるような感覚だった。

思えば手書きの文も手描きの絵もしばらくもらっていなかった。これだけメールやSNSでその人が「発した」言葉を受け取っていても、実感として人柄を感じるのはこんなちょっとした手書きだということに少しおかしみを感じた。

その紙をひとしきり眺めた後、打ち合わせで使うプリントが入ったファイルにそっとしまった。ゲン担ぎのような気持ちだったのかもしれない。でもなんとなく、その日は気持ちよく仕事ができたような気がした。

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今年の長梅雨とその後の酷暑。人は「大きな変動」に弱い。少なくとも僕は、弱い。

それでも日常の中にはいつでも3㎜くらい心が動くような出来事が溢れている。そしてそれはちょっした心持ち次第で、良い方に傾けてくれることもあるらしい。

3㎜くらいの、いいこと。
少しずつ積み上げていきたい。そんな小さな出来事に気付ける人でいたい。

文・写真:Takapi

嬉しい寂しい

OLYMPUS DIGITAL CAMERA          Processed with VSCO with u3 preset子どもの頃から集団行動に馴染めなかった。はっきり言って苦手だった。

少年野球を小学1年生から6年間続けていたのだけど、大会でチームが敗戦したときに、メンバーが悔し泣きをしているそばで、猛打賞だった僕はどうしても「泣きの輪」に入れず(一応悔しそうな顔はしていたはずだ)内心ほくそ笑んでいたくらいには苦手だった。

だから、中学校以降は個人競技の陸上部に入部した。それはそれで楽しかったしやりがいがあった。

社会人になり、「社会性」というお行儀を叩き込まれるわけだが、そのひとつが「輪の中に入り、その中の人と同じ想いでいる」という所作だった。

持ち前の演技力で、なんとかその場しのぎでやり過ごせているつもりでいた。

しかしながら、1社目を退職するその日、恒例のお別れ会の「最後のあいさつ」という演説中もまったく感動的な空気を作れずに、場をしらけさせたばかりでなく、同僚にマイクを渡して僕との思い出を語ってもらい、ようやく場がまとまり、その同僚に盛大な拍手が向けられたこともあった。

先日、会社の研修があった。アセッサーと呼ばれる「人間観察」のプロに、丸3日間ひたすら監視され、最後の面談で「君さ、人当たりは良いけど、人に興味ないよね」と言われ、思わず「ご名答!」と拍手を贈りそうになった。

さすがに大人の所作としてその場を取り繕うことはできる。それでも相変わらず集団の輪の中で「同じ想い」でいることができないのだ。もっと言えばそこに漂う空気感に薄ら寒さすら感じてしまうのだ。

そういう態度は、しばらく経つとアセッサーよろしく大抵バレてしまう。小学生の頃から今でも続く僕の小さなコンプレックスである。

僕は、集団行動が苦手だ。

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先月、足掛け半年にわたるプロジェクトが終わりを迎えた。最終的には30名程度が関わる大きなプロジェクトだった。

プロジェクトが走りはじめの頃は難航していた。僕の持論やこだわりを周りにぶつけては、自身の説明力の欠落を棚上げして「違う」とダダをこねていた。それでも辛抱強く僕の隣で「この人が言っているのはこういうことでして…」と僕を擁護しながらわかりやすく周りに説明してくれる同僚がいた。

要はとんでもなく優秀な人で、その人がいたおかげで話はどんどんまとまり始め、チームにリズムが生まれ、僕からは出てこないアイデアがいくつも生まれた。彼がいたから、チームは最後まで心地よい雰囲気のままプロジェクトを進めることができ、最高の形で終わることができた。

プロジェクトが終わったとき、僕は気付いたらチームメンバーに「集合写真を撮りましょう」と口にしていた。あれだけ集団行動が苦手だった僕が「同じ想い」を形に残したいと思ったのだ。

帰り道、ずっと隣で支えてくれた彼からメールが入った。

「おかげさまで“思い出”となる案件になりました。ありがとうございました!」

「思い出」なんて言葉、久しく使ってなかったなぁ、と思わず頬が緩んだ。一旦メールを閉じ、さっき撮った写真を見返してから、彼に一言だけ返信をした。

「また、同じような思い出作っていこう」

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先月末で、半年間一緒に仕事をしていた後輩が職場を離れることになった。

とにかくよく笑う子だった。そして最後まで誰かを非難する言葉を聞くことはなかった(僕は散々口にしていたように思う)。いるだけで場が明るく前向きになるような、素直でていねいな人だった(本当にそんな人はいるんです)。

その人柄のまま、仕事ぶりもとてもていねいで、抜けがちな僕の仕事をいつもさり気なくフォローしてくれていた。周りからの信頼も篤く、いつも彼女には相談ごとが舞い込むような空気があった。

僕とは対極にいる人だ。そう思っていた。僕はいつもブルドーザーのように自分の意思のまま「進める」ことが最優先で、チームメンバーの考えていることは二の次だった。いや、正直に言えば、今まで人が考えていることを気にすらしていなかったように思う。

だから彼女にしてあげたことはほとんどなかった。ただ毎日のように僕が理想を語り、彼女自身のやりたいことを聞いた。そしてなるべく彼女が具体的に動けるように「足場」を用意した。そのくらいしかできなかった。

結果的には、彼女の求心力もあって、半年の間とはいえ今までやれなかった取り組みをいくつか打ち出すことができた。そのうちのいくつかは成功と言っていいものもあった。

最終出勤日。終業時間まであと1時間程度ということろで彼女は突然隣で泣き出した。あまりのことで戸惑った僕は(そもそもそういうのに慣れていない)バカみたいに「おつかれさま」と繰り返し口にすることしかできなかった。

帰り道の電車の中「感謝しかないんです」とメールが送られてきた。おそらく僕以外の関わった人全員に同じような言葉を送っているんだろうなと、僕は少し笑った。律儀な人だ。そう思った。

そして「あぁ。寂しいな」と呟いていた。

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先日、仕事で小さなトラブルが起きた。なんとか収束させようと、パートナー会社の若いスタッフ(まだ新卒2年目くらいか)が一生懸命に関係各所に駆け回り、調整をはかってくれた。

「ご迷惑をかけて申し訳ないです。なんとかします」と週末の深夜、電話口で話すそのスタッフの切迫した真剣な声に(とても早口な人なのだ)、僕は自然と「なんとか無事に終わったら飲みにでも行きましょうか」と口にしていた。

一瞬の間のあと、「ぜひ!まだ行けてないですし!」とこれまた早口で高揚した声で返してくれた。社交辞令かもしれないし、ただの飲みの口約束だ。でも僕はその彼の言葉がとても嬉しかった。電話を切った後、鼻にツンとくるものがあった。

オフィスを出たとき、昼間のジメッとした空気が嘘のように澄んだ空が待っていた。

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僕は、集団行動が苦手だ。

理由は先に述べた通りだ。「同じ想いでいよう」という同調圧力がどうしても苦手なのだ。その言葉に内包されている「足並みを揃えつつ、誰かのために頑張りなさい」という押しつけがましさがどうも馴染まないのだ。そんな綺麗事だけでうまくいくはずがないと、心のどこかで思っているのだ。

でも僕は気付き始めている。

誰かのために頑張るのではなくて、誰かがいるから頑張れるということ。その先に「同じ想い」が待っているということ。さらにその先には、嬉しさと寂しさが待っているということ。その寂しさは、また誰かと喜びを交換したいと思わせてくれるということ。

たぶん、人はそんな簡単に変われない。僕は僕で、これからも集団行動は苦手なままなんだろう。それでも、今年の梅雨時に関わってくれた人からもらった嬉しさと寂しさは、また味わってみたいとも思っている。

僕は今、ほんの少しだけ、集団行動をしたくなってきている。

文・写真:Takapi

美容室にて

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毎月10日に公開しているこちらのコラム。

ちょうどよく月にひとつ書くことが見つかればいいのだけれど、そんなことは全くなくて、毎月1日になると10日後に迫った公開に向けて「うーん」と唸りながら、テーマをひねり出している。

テーマさえ決まればもう大丈夫かと言えばそれも違う。書き出してみて「あ。やっぱりコッチかな」「いや、そもそもこのテーマだと一言で終わってしまう」とか、文字通り右往左往しながら毎回書いているわけで、スラッと書けたことは今まで一度もない。

今回だって例に漏れず悩んでいる。今日も美容室で、髪を洗ってもらいながらここ1ヶ月で使えそうなネタがないか記憶を探ってみた。気付けば気持ちよさでウトウトしてしまい、まったくネタが思い浮かばなかった(なぜ美容室のシャンプーはあんなに眠くなるのだろう)。

美容室を出て近くの喫茶店に入って(その間に下北沢「珉亭」でピンク色のチャーハンとラガービールで一息ついて)募る焦りをもてあましながら(若干の眠気を伴って)ノートパソコンと向き合っている。

ここまで数百文字を使って、何の役にも立たないことをダラダラと書いていることに気が滅入ってきているのだけれど、美容室で髪を切ってもらっている自分を振り返り、ピンとくるものがあった(書き出してみるものだ)。

それは美容室で髪を切ってもらっているときに「会話をするか」という問題だ。今回はそんなことについて書こうと思う。

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「君さ。いつかサービス精神に殺されると思うよ」
先日の飲み会で、いきなり友人から面と向かってこう宣言された。

その友人は出会ってから1年くらいの仲だ。そんな彼が、初対面のときの僕を思い出して「サービス精神に殺される」と思ったらしい。

聞けば、初対面の僕は関西人と間違えるほどのテンションの高さでよく喋り、とにかくノリが良かったそうだ。彼にとってはそれはそれで好印象だったらしいのだけど、仲良くなるにつれ、元来の僕の薄暗い性格が分かってきたらしく(ちなみに薄暗い性格の方も好きらしい。変わった友人だ)、あんな風に毎回振る舞っていたら疲れるだろう?と、そんな気遣いから「サービス精神に殺される」という発言に至ったというわけだ。

そこで前述の美容室の会話の話に戻るのだけど、僕は美容室であってもタクシーであっても、よっぽど私生活で嫌なことがあったり、くたくたに疲れていない限り自分から「話しかけて」しまうのだ。

それは断じて「ネアカ」で人と話しているのが好きだからという理由ではない。本来の僕は人の目を見て3秒と話せないくらいには人見知りする性格だ(たまに「どこ見てるの?」と言われる)。ではなぜ話しかけるかと言えば、よく言われる、「沈黙が耐えられない」というのもあるのだけれど、それ以上に相手の目を本来の「僕自身」から逸らせたいというのが本当の理由だ。

要は、自信がないのだ。だから相手が僕のことを「値踏みする」隙を与えないように、話しかけることでごまかしてる。ごまかすというよりは煙に巻こうとしているという方が正しいのかもしれない。

「誰もそんなにお前のことなんて見てないよ」という嘲笑が聞こえる。僕ももちろんそれは認識している。だがこればかりは防衛本能のようなもので致し方ない。

そんなことだから、髪を切ってもらいながらずっと雑誌を見たり、スマホを触っている人を美容室で見かけると「なんて強者なんだ…」と、憧憬を通り越して畏敬の念すら抱いてしまう。

今日は意を決して、髪を切ってもらいながら雑誌に目を通そうとしてみた。でもダメだった。全然頭に文字が入ってこない。間もなく美容師さんが「オリンピックのチケット予約しました?」なんて聞いてくるものだから、ここぞとばかりにオリンピックの話から、僕が高校の頃に青春を捧げた陸上部の話までお届けすることになってしまった。

雑誌は表紙を開いたところでずっと膝の上で鎮座していた(『ポパイ』最新号だった)。

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と、いわゆるコンプレックスにも近い弱みがあるわけなのだけど、最近はこんな自分の癖について「ま。それでもいっか」と受け入れられるようになってきた。いや、むしろ心地よくなってきたと言ってもいい。

何がそんな風に変えたのか。それは、そういう「サービス精神」が散々繰り返されてきたことで慣れてきたというのもあるし、単純にそういう場が楽しいものならいいじゃん、という楽観的なものもある。けど一番はこのコラムやブログやSNSなどを通じて言葉を届ける機会が増えてきたことにある。

人間は多面的だし、複層的だ。少なくとも僕はそう思っている。晴れの日もあれば雨の日もあるように、気持ちだって考え方だって振れ幅があって当たり前だし、その全体性こそが「僕自身」なのだと思っている。

僕は、言葉を届けられるようになってはじめて、天秤の釣り合いが取れるように「サービス精神」まみれの自分とバランスが取れるようになった。のだと思う。

そんなわけで、僕はこれからも会った時のサービス精神を怠らず、こうして言葉にして届けることも諦めずに、バランスをとっていくことにする。

そしていつかは、美容室で「すいません。もう少し前髪切ってくれませんか?」とバランスの悪い前髪に注文をつけられるようになりたい。

文・写真:Takapi

おいしい暮らし

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「あぁ。おいしい」

今年のGWは尾道を旅行していた。

今月のコラムは尾道の旅行について書こうと思い、パソコンを起ち上げ、書き始めようとしたところ、振り返って浮かんだ言葉が冒頭のそれだった。

それから旅行中何度言ったかわからない「おいしい」の記憶を辿っていくと楽しい気分になってきたので、今回は「おいしい」を追いかけることにしたい(なんだかもうお腹が空きそうだ)。

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今回の旅行の「おいしい」のファンファーレは、行きの新幹線が飾った。

午前11時前、静かに新幹線は東京駅を出発した。新幹線が動き出すのを乾杯の合図に見立ててプシュッと缶ビールを勢いよく開ける。そして即座にごくりと喉を鳴らす。そこで出てきたのがこの旅行で一回目の「おいしい」だった。新幹線が出発して1分、まだ品川駅にも着いていなかった。

実は「新幹線プシュッ」が僕は昔から大好きで、仕事の出張帰りの新幹線では必ずやるし(やらないとどうも気持ちよく帰宅できない)、旅行のときも必ずといっていいほどビールを飲むことにしている。

もちろんビールそのものが大好きなので、当然飲む度にいつも「おいしい」という言葉は出るのだけど、旅行の「行き」の新幹線の中で飲むビールが格別においしいと感じるのだ。さらに言わせてもらえば、新幹線の中で缶ビールを開ける「プシュッ」という音がすでに「おいしい」わけで、同じ車両に「プシュッ」とする人がいたなら駆けつけて乾杯したい気分になるほどだ。家で「プシュッ」としてもそんなに高揚しないのに、新幹線の中だととりわけ高揚してしまう。不思議だ。

午前中という時間帯から飲む背徳感からなのか(旅行の「行き」は大抵午前中だ)、旅する期待をビールが煽ってくれるからなのか、その辺はよくわからない。とにもかくにもこの旅の「おいしい」は新幹線から始まることとなった。

Processed with VSCO with u3 preset旅先では「地の物」を食べたい。そう思う人は多いのではないだろうか。僕の中で「地の物」はふたつある。ひとつは「ご当地料理」とも呼ばれる、その地域でとれた食材を使った料理であり、もうひとつは地元の人が愛着をもって食している「地元のご飯屋さん」である。

ご当地料理は旅通の友人に頼ればなんとかなる。しかし問題は後者である。こればかりは地元の人しかわからない。

そういう時は地元の人に聞くことにしている。今回宿泊した宿は、古民家をリノベーションした1日1組限定の宿で、そこに住んでいるご夫婦が運営していた。そのご夫婦に話を聞き、いくつかお店をピックアップしてもらった。

ピックアップしてもらったリストの中から、宿のご夫婦とも仲の良い方がひとりで切り盛りしているカレー屋さんに行くことにした。どうやらそのカレー屋さんは決まった休みの日があるわけではなく、いきなり休んだりすることもあるようで、宿の女将さんがわざわざ事前に連絡までしてくれた。

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そうしてカレー屋に行ったわけだけど、「○○という宿の女将さんに薦められてきました」というと「あぁ。聞いてます。ありがとうございます」と自然と会話ができて、もうその時点でだいぶ居心地がよくなっていた。

「カレー屋なんてね、ほんとにやめた方がいいですよ」といきなりぼやきだしたカレー屋の店主。カレーは仕込の時間がとにかく長いとは彼の弁で、1日のうち18時間厨房にいることもあるとのことだった。

そんなユニークな店主が作るカレーは絶品で、この旅行中の上位に入る「おいしい」を発することになった。遅い時間にお店に入ったこともあって、お店には僕ら一組しかおらず、カレーを食べながらも店主とずっと話すことができた。

元々尾道に住んでいてUターンしてきた過去、この場所でカレー屋を始めることにした理由、疲れると道後温泉に行くこと、とある雑誌のインタビューされたときの笑い話、尋常ではないモノのこだわりから大分のとある器作家と仲がよく、カレー屋にも関わらず器も大量に売っていること。

気付けば2時間強も話し込み、挙句にはお皿が入った紙袋をふたつぶら下げて宿に帰ることになった。

宿に帰れば、宿の女将さんが「さっき、カレー屋の店主から連絡があって、ほんとにいいお客さんだったって。彼、今日はぐっすり寝れるみたいよ(笑)」と教えてくれた。

とても気持ちのいい夜だった。今振り返ってもカレーの味が思い出せるほど(一口目が玉ねぎの甘さが飛び込み、徐々に辛味が顔を出す独特な味わい)で、また食べたい気持ちになっている。

とはいえ一皿のカレーだ。カレーそのものは東京でも食べれるし、美味しいカレー屋さんは山ほどある。でも今回の旅で行ったカレー屋さんは間違いなくそこでしか食べることのできないカレーで、とても「おいしい」カレーだった。

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もちろん「ご当地料理」も楽しんできたわけだが、せっかくの旅行なので少し贅沢な料理を堪能させてもらうことにした。

旅通の知人が薦めてくれた予約のなかなかとれないワインバルに、新進気鋭のシェフが監修したホテルのコースディナーをいただいた。その地でとれた食材を一流の料理家が振る舞う料理は「地の空気」も纏っているのか、東京の高級レストランでも再現できないような味わいで、口に含むごとにため息が出るほどおいしかった。

こんな風にいつもより少しお金を払って食を楽しむことはつまり、サーブに時間をかけてもらえるということでもある。それは単に料理をじっくり堪能できるというだけではなく、振る舞ってくれる人との会話を楽しめるということでもあって、そうやって話を聞くことで、舌と耳で料理を楽しめるから「おいしい」となるわけだ。

ついで言えばそんな特別な体験は、後日会った友人なんかに「あそこで食べた鯛のカルパッチョがね…!」などと「おいしい」表情をして自慢げに語ることで土産話してしても活きてくるから二度おいしかったりする。

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旅から帰ってきた翌日。旅の疲れからか、いつもより遅く起きた朝に頭にパッと浮かび無性に食べたくなったのが、地元の駅そばにある中華チェーン店の炒飯だった。

のろのろと起き上がり、普段着に着替えて中華店に行き「ラーメン・炒飯・餃子セット」を頼み、ジョッキビールでひとり乾杯し、ふぅと息をついてからレンゲですくった炒飯の一口目の塩っぱさにぎゅっと目を瞑り「あぁ。おいしい」と小さくつぶやいていた。

今しがた「少しお金を払ってでもいいものを」と言ったそばから翻すようだけど、こういう料理もたまらなく「おいしい」。食べ過ぎると身体に悪いと言われ注意されるこんな料理も、ほろ酔いの中でコンビニの灯りに吸い寄せられて買うハーゲンダッツも…「おいしい」はいつでも発言する自由を僕らに与えてくれている。

旅先のおいしい。
ふだんのおいしい。
特別なおいしい。
誰かと食べるおいしい。

「おいしい」という言葉のそばにたたずむ、ホッと安心する気持ちや、ワーッと高揚する気持ち、そんな気持ちで彩られる暮らしはたぶん、とても楽しい。

そんなわけで、「おいしい」の種類をたくさん持つことがすなわち「おいしい」思いをして暮らせるひとつのコツなのではないかと、僕なんかは思うのだ。

文・写真:Takapi

 

リセット

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4月1日。午前11時から始まった会社の会議の途中、突然隣の女性が「あっ」と小さく声を上げた。

「どうしました?」と声をかければ「元号発表、そろそろじゃない?」と焦った様子だ。そういえば、と会議室に集まった10人弱のメンバー全員が一斉にソワソワし出した。

気を利かせた上司が「みんなで新しい時代を見届けよっか」と一声かけ、会議室のモニターに映されたエクセルの資料はインターネット中継に切り替えられた。

元号発表が予定さていた11時半を10分ほど過ぎた頃、画面越しに官房長官は現れ、緊張し切った表情で新元号が書かれた額を掲げた。

令和。

一瞬会議室が静寂に包まれる。
回線が悪く音声が途絶えていたため、読み方が判断できずに上司が「れいわ?って読むのかな」と首を傾げる。慌ててTwitterで実況を追えば「れいわ」であることがわかり、みな一様に小さな声で「れいわ」と口にし出した。

その様子はまるで、新元号を自身の身体に取り込むための儀式のように見えた。

10秒ほどそうしていただろうか。
「なんか、かっこいいですねぇ。シュッとしてて」と口を開いたのは、先ほど元号の話を切り出した女性だ。それを聞いた周りのメンバーも「たしかに」「凛としてていい」などと口にした。

一通り盛り上がった後で、誰が促すわけでもなく小さく拍手が起こった。

そしてそのまま会議はお開きとなった。会議室を出るとき「なんにしてもめでたいなぁ。いいことが起きそうだな」と口にした上司の表情は、心なしか明るく嬉々としているように見えた。

僕はと言えば、みんなの輪に入り同じように高揚した気分でいながら、ひとつの言葉が頭に浮かんでいた。

リセット。

リセットという言葉には過去を断ち切り、未来への一歩を踏み出すような力強さがある。とはいえ、大学の卒業や転職といったような、環境が大きく変わるようなリセットと違い、元号が変わるからと言って僕らの暮らしが突如として変わるわけではない。

それでも今回のような「区切り」によって、自身がリセットされているような感覚になるばかりか、前向きな気持ちにすらなってくるから不思議だ。それは脳というよりむしろ遺伝子レベルで仕向けられているような気になってくる。

あの会議室の、皆が一様に高揚し「さぁ、私たちの新しいスタートだ」という明るい雰囲気を見れば余計にそう思えてしまう。

翻って今までの僕自身のリセットを振り返ってみると、卒業や転職などのタイミングでは、(大袈裟に言えば)それまでの人生の「振り返り」と「決意表明」をしていた。これまでどんなことを達成できて、何ができなかったか、そして僕はこの先の人生でどうしていきたいかなどと、口に出さずとも思案はしていたように思う。

しかしながら、今回のような「時代のリセット」には、テレビで大々的に「平成を振り返る」という番組が組まれ、否が応にも過去を顧みる機会はあれど、自身の人生に対して「振り返り」をしたかと言えば、首を横に振ることになる。

都合がいいなぁと思う。「振り返り」もしないままに、時代の区切りに合わせて自分の未来もひっくるめて手放しで期待している(僕を含めた)人の気持ちに都合のよさを感じる。

でもなんというか、今僕はそんな都合のよさに救いを感じている。こういう気持ちは悪くないな、愛でたいな、と素直に思っている。一昔前ならそんな風に思わなかったかもしれないけれど。

因みに、先の会議で中断したものは、業績の「振り返り」だった。

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4月はじめの週末の午前中、近所の公園には満開の桜を見に人が集まり、早いところではシートを敷いて酒を飲み交わし宴会が始まっていた。

賑やかな公園を横切っていたら、先日の会議室の元号中継のことを思い出した。そして続けてこう思った。

もしあのときひとりで元号発表を見ていたら、会議室で拍手が起こるくらい前向きな気持ちになれただろうか、と。

数秒逡巡して「なれなかっただろうな」とぼんやり思った。

気持ちは高揚しただろう。でもそこに、手放しの期待を込めた前向きさは持ち合わせられなかっただろうな、と。

そこではたと思い出した。

実はこのコラムの記念すべき一回目のタイトルは『区切ること』だった。その内容は、意識的に小さくとも自分の中で「区切り」を持つことが(サウナに行くとか、料理をするとか)、自分自身を少しずつアップデートしていくことにつながるのではないか、という話だった。それはつまり、自分の中の小さな「リセット」を繰り返すことと言い換えることもできる。

今挙げたようなひとりで行うリセットと、今回の元号のようにみんなで分け合うリセットの間には、大きく隔てるものがあった。いやむしろ、対極にあるものだということがわかった。

ひとりのリセットは内省を伴う「意志」であり、分け合うリセットは期待を伴う「祝祭」であるということだ。そしてひとりのリセットは過去と未来を結ぶ「線」になるが、分け合うリセットは、人と人を結ぶ「輪」になるということだ。

僕はこれまでずっとひとりでリセットをしていたように思う。分け合うリセットは、先日の会議室のように、今眼の前で繰り広げられている花見客のように、笑顔が溢れてあったかくて良いなぁと、僕もそんなリセットをしていきたいなぁと、はじめて強く思った。

さて、新しい季節だ。
季節の変わりも「リセット」とするならば、気の合う仲間を呼んで祝祭の宴でも開こうか。

文・写真:Takapi